AIの得意なこと、不得意なこと
倉嶌洋輔 著『AI時代のキャリア生存戦略』
(株式会社BOW&PARTNERS、2022年)
AI(人工知能)がいろいろな分野で活用されるようになる時代が来るという予測をよく耳にするようになりました。ただ、「AIによって近い将来消える仕事はコレだ!」というような不安にさせる言い方というのは、かなり極端だと感じていて、AIの影響をもっと冷静に考えていく必要があると考えていました。これまでAIについての知識は全くありませんでしたので、勉強のために本書を読んでみました。
本書の著者、倉嶌洋輔(くらしま・ようすけ)さんはAIやネット関係のコンサルタントで、これに関するYouTubeでの情報発信もされています。
本書はAIについての基礎知識が分かりやすく整理されていて、たとえば数学が苦手だという読者でも読みやすい本だと感じました。私が特に興味深いと感じたのは以下の3点です。
1. AIが得意なこと、不得意なこと
AIについての基本的な知識なのかもしれませんが、AIが得意なこと、不得意なことがシンプルに整理されていて、これまであまりAIについて勉強してこなかった私にはありがたかったです。
AIが得意なのは、①正確かつ大量の記憶力を必要とする領域、②瞬時にたくさんの判断をする必要のある領域、③大量データの共通点・差異を見つけ出す領域、です(81ページ)。大量のデータの処理や記憶に関しては、人間はAIにはなわないというのは、とても納得できました。
逆に苦手なのは、①文脈から言葉の意図を解釈する必要のある領域、②将来性の考慮や倫理観を伴う領域、③AI開発時に材料となるデータが少ない領域、④前例のない創造的な作業や発想を必要とする領域、です。文脈の理解、微妙なニュアンスの理解という部分では人間が優れているということが分かりました。また、AIは大量のデータをインプットしておくことでなりたっていることが分かりました。
2. 小学生は意外に鋭い! AIに代替されにくい職業についてか?
本書にはAIに代替されやすい職業のリストが示されています(104ページ)。その中には、たとえば、コンビニなどの「レジ係」があり、実際にセブン・イレブンやユニクロで「レジ係」の人員縮小が始まっています。AIを搭載したキカイを導入して、会計処理をし、袋詰めを顧客が行うという方向への変化で、「レジ係」は最低限の人数に縮小する、という形態です。
もちろん、AIに代替されやすい職業のリストは、現時点での状況をもとにした著者・倉嶌さんによる予測で作成されたものですが、倉嶌さんの予測によると、「小学生がなりたい職業ランキングにはAIに代替されにくいものが多い」という指摘(110ページ)はとても面白いと思いました。
2021年度の新小学1年生の「小学生が就きたい職業ランキング」の男子では①警察官、②スポーツ選手、③消防・レスキュー隊、④運転士・運転手、⑤テレビ・アニメキャラクター、⑥研究者、⑦医師、⑧YouTuber、⑨ケーキ屋・パン屋、⑩自営業、のうち、AIに代替される危険度が高いのは④運転士・運転手だけです。タクシーや電車など乗り物の自動運転にAIが活用されるようになるという予測です。⑤は職業ではないので判定されていません。また、⑩自営業は「場合による」ということで判定されていません。
女子の場合はどうでしょうか。①ケーキ屋・パン屋、②芸能人・歌手・モデル、③看護師、④花屋、⑤アイスクリーム屋、⑥警察官、⑦医師、⑧教員、⑨美容師、⑩保育士、のうちAIに代替される危険度が高いのは⑧教員だけです。この予測の理由は、私は詳しくは分からないのですが、ネット上の解説動画やe-Learning用のコンテンツの活用が増えたり、採点業務をAIに任せるということが進んだりして、教員の数は縮小するという予想なのかなと思いました。
ともかく、将来性に対する小学生のカンは意外と鋭いということなのかと思い、とても面白かったです。
3. AIに負けない越境戦略
AIが苦手のことに③AI開発時に材料となるデータが少ない領域、④前例のない創造的な作業や発想を必要とする領域、があります。AIに必要なデータや前例が少ないことというのは、遠い領域にあった2つ以上のものを組み合わせて新規事業にしたような場合です。本書では、パソコンなどのブルーライトをカットするメガネの例があげられています(139ページ)。ブルーライトをカットするメガネは医学界とメガネ業界の新しい結合で誕生しました。この新しい結合というのが「イノベーション」の元来の意味だということが本書に書かれていて、たいへん勉強になりました(138ページ)。
つまり、AIに負けない戦略としては、2つ以上の異なる分野の新しい結合(イノベーション)が最適だというのが倉嶌さんの意見です。複数領域を横断する越境戦略の例は、ネット関係のエンジニアだったネイサン・ミアボルドさんが料理の世界に転身し成功した例も紹介されています(141ページ)。このような大成功でなくとも、越境・横断戦略というのは、AIに負けない戦略としてヒントになると思いました。
AIが最適な道具かどうかを確かめる必要があると倉嶌さんは述べています(234ぺージ)。私もAIについてはまだまだ知識不足ですので、今後も調べて、自分なりの付き合い方を考えていきたいと思います。
本書に載っていたAIの活用例として、漫画家の業務を①ネーム(構成、セリフを考える)、②下書き、③ペン入れ(清書)、と3つに区分したうえで、③の部分にAIを導入することで、漫画家の業務軽減につなげるという提案(212ページ)などは、とてもいい活用法だと思いました。漫画家の中には①②③の業務をすべてこなすことで肘や腰を痛めて引退に追い込まれるというような激務をこなしている人も多いと聞きますので、人を助ける部分にAIが活用される時代が来るといいなと思いました。