ネット情報やユーチューブ動画の時代だからこそ読書が必要な訳とは?

出口汪 著『本物の教養を身につける読書術』
(ぴあ株式会社、2019年)

 これまでアバタローさんの『自己肯定感を上げるOUTPUT読書術』や齋藤孝さんの『究極 読書の全技術』など読書術に関する本を読んできて、本の読み方にもいろいろな方法があることに気付きました。今回は出口汪さんの読書術に関する本を読んでみました。

文学作品の古典には苦手意識も

 本書の著者、出口汪(でぐち・ひろし)さんは、予備校の現代文講師を経て出版社「水王舎」の代表取締役をされています。
 まず、本書の巻末には付録として「これだけは絶対に読んでおきたい本」50作品が掲載されているのが目を引きます。しかも、その作品とは森鴎外、夏目漱石、芥川龍之介、太宰治、島崎藤村、樋口一葉、宮沢賢治、三島由紀夫、谷崎潤一郎など日本近代文学の古典がズラリと並んでいます。私は、この中では夏目漱石など何人かの作品を読んだことがありますが、さすがに全員は読んだことがありません。教科書にも掲載されている作家であるだけに、苦手意識をもっている人も多いのではないかと思いました。

ネット情報が飛び交う現代社会

 出口さんは、ネット上で多くの情報が飛び交う状況だからこそ、教養を身につけるためには読書が必要だと主張しています。出口さんのこの主張をもう少し踏み込んで考えてみたいと思います。出口さんは、ネット情報は「出ては消え、出ては消えの繰り返し」だとし(13ページ)、ネット情報で世の中を知った気になっている人も多いと思うが、どれだけ読んでも、次の瞬間にその内容が更新されるため、何も後に残らない」し、「ネット情報をどれだけ取り込んでも、刺激は受けるが、人の記憶や心の中に蓄積されない」と言います(14ページ)。

本物の読書とは


 これに対し、読書は「教養」「深い思考力」「言葉の力」をもたらす、というのが出口さんの主張です(14ページ)。しかも、本物の読書と呼べるのは名作と呼ばれる文学や哲学書、思想書であって、仕事のハウツー、自己啓発本、ビジネス書、漫画、ライトノベルはネット情報をまとめたものかネット情報に置き換わるものだとして本物の読書から除外しています。この出口さんの主張は、私にはだいぶ手厳しい主張のように感じられました。ただ、出口さんの危機意識はとても伝わってきました。つまり、ネット情報にはフェイクニュースも混じっており、何が本当かを判断する力を読書で養っていく必要があるが、スマホに時間を吸い取られてしまっている。また、名作を味わう力がなくなって面白く感じないので読むことを諦めるという悪循環が起こっているという危機意識です(17ページ)。

動画は効率的だが

 私が、もうひとつ注目したのは「映像では教養は身につかない」という出口さんの主張です(62ページ)。大量の情報を処理するには、活字よりも映像の方が効率がいい。そこでユーチューブなどの映像文化が急速に発展しています。ところが、活字を読んで情景やイメージを頭の中に作り上げるという創造的な作業を、映像はすでに作り手の側が処理してしまっている(63ページ)。これはテレビ、映画、動画などの映像でも漫画でも事情は同じで、情景やイメージを頭の中に作り上げる行為は割愛されて、既成のものを受け取って、好きか嫌いか、面白いか面白くないかという感覚的な判断の余地だけが残されているという問題がある。映像で分かった気になっても論理や筋道が理解できたことにならないという出口さんの指摘(64ページ)は「なるほど」と思いました。

ネット通販のリコメンド機能のデメリット

 さらに、出口さんはアマゾンなどのネット通販のリコメンド機能にも問題があると述べます。アマゾンで本を買うと、AIがその履歴からおすすめの本を提示してくるので、自分の関心のある本と出会う機会が減って、特定の情報しか集まってこない環境で生きることになるというわけです(157ページ)。これはSNSでも同様で、自分の関心のある人をフォローし、同じ考えや思想をもつ人とネット上で集団を作り、自分に都合のいい情報を集め、それ以外の情報を遮断する傾向が強まります。異なる情報とは接点を見出そうとせず、異なる意見に対してヒステリックになるという問題を出口さんは指摘しています。私もアマゾンのリコメンド機能で本を購入した経験があるのでドキッとしました。

論理的な文章を書くスキル

 もう1つ。スマホでのメールのやり取り、ネット上での書き込み、Twitter、Facebookなど文を書くことは身近になり、仕事などで何かを書く必要に迫られている人も増えているが、論理的な文章を書いている人はどれだけいるか? むしろ、感情語、省略、絵文字のオンパレードではないか? と出口さんは問題提起しています(175ページ)。仕事で相手に送る文章は、論理的な用語と文体を用いて、説明し論証する、論理的な文章が必要とされます。メールが最も短いものですが、長いものだと、レポート、企画書、論文などが仕事上必要とされます。現代は、書くというスキルが必要な時代だという出口さんの主張に納得しました。

論理的に読解し、論理的に話す

 そこで、本書では第5章で「ロジカルリーディング」、第6章で、論理力を活用した会話やプレゼンテーションのスキルが解説されています。「ロジカルリーディング」とは、目次や見出しを活用して筆者の主張、あるいはその本の命題を探し出し、その前後の文章を「イコールの関係」「対立関係」「因果関係」に注目して読むという方法です(170ページ)。この「ロジカルリーディング」は論説文などを読む時に大いに活用できます。また、論理力を活用した会話やプレゼンテーションは、まず話題を提示し、次の自分の主張の要点と飾りを区別し、要点からズレないように話を展開していくという方法です(186ページ)。そして、「イコールの関係」「対立関係」「因果関係」を意識しながら話の全体を構成します。第5章と第6章は、それぞれ論理的な読み方と話し方が解説されており、具体的な事例で分かりやすいと思いました。


 本書を読んで、最初はかなりアクの強い本だと思いました。それは、巻末に日本近代文学の古典が「名作ガイダンス50作品」と銘打って紹介され、本文ではネット情報、ユーチューブなどの映像、漫画、ネット通販のレコメンド機能などに対して批判的な見解が述べられていたからだと思います。しかし、よく読んでみると出口さんの主張は明快で大いに納得できるものだと気付きました。日常生活でネット情報などの比重が高くなった一方で、「言葉の力」を身につけ、情景やイメージを頭の中に作り上げる創造性を養い、論理的な文章でやり取りするためにも読書が必要とされているのだと分かりました。

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