デジタルライフと脳の深い関係

アンデシュ・ハンセン 著『ストレス脳』
(新潮社、2022年)

 書店を歩いていてアンデシュ・ハンセンの『スマホ脳』がベストセラーになったという評判を目にしていました。私は『スマホ脳』を実際に読んでいませんが、現代人はスマホに多くの時間を割いているので、たくさんの人が関心をもつテーマを論じている人だという印象をもっていました。2022年になって日本で発売された本書『ストレス脳』を入手したのでレビューします。


 本書の著者アンデシュ・ハンセンさんはスウェーデンの精神科医です。日本では2021年に発売された『スマホ脳』がこの年の売り上げナンバーワンを記録したそうです(オリコン調べ)。
 本書『ストレス脳』は、ハンセンさんが脳科学の成果を活用しつつ精神科医の立場からストレス、不安、パニックなど人間の精神状態を理解し対処する方法を一般向けに分かりやすく解説してくれています。私は脳科学のことは全く詳しくないので、脳科学の最新の成果を教えてくれるのはうれしいことでした。特に勉強になったのは以下の5点です。

1. 脳の基本的な働きは「生き延びること」に向けられている

 本書でハンセンさんが強調しているのは、脳の基本的な働きが「生き延びること」に向けられていて、危険に対して反応するからこそ、人間は生き延びることができるということです(22ページ)。私たちは、危険を察知しサバイバルを生き延びてきた人間の子孫であって、脳は狩猟採集生活を送ってきた頃に進化し、農耕の開始や工業化、デジタル化を経た今も基本的には変化していないという説明をハンセンさんはしています(25ページ)。壮大なスケールの話で、私は素人なので真偽のほどは分かりませんが、そう考えると辻褄が合うということでしょうか。ハンセンさんは、脳の基本的な任務が「生き延びる」ことに向けられているために、危険に対して反応するし、これが「不安」という感情とも結びついていると主張しています(43ページ)。

2. 不安に関するフロイトの学説は現在では否定されている

 20世紀初頭のオーストリアの精神科医フロイトの不安に対する学説をハンセンさんは批判しています。フロイトの学説では、不安は「押し込められた子供時代の記憶のせい」だとされていました(72ページ)。この学説はとても有名だと思います。私も聞いたことがありました。しかし、現在では不安に関するフロイトの学説は否定されているそうです。フロイトの学説は学問的な裏付けが乏しいと神経科学や精神医学の世界では考えられるようになっており、ハンセンさんも「まるっきり馬鹿げている」とまで述べています。

3. 不安やうつは脳が正常に働いている証拠

 うつなどのメンタル疾患を「心の病気」というふうに表現することもありますが、不安やうつは脳が壊れている証拠だとか病気だというのは間違いだとハンセンさんは言います(118ページ)。また、セロトニンやドーパミン、ノルアドレナリンという脳内の伝達物質が足りないせいでうつになるというような単純な話ではないとも述べています(82ページ)。このようなうつと脳のメカニズムは専門家の間でもまだあまり解明されていないのではないかと思いました。
 ただ、何ヶ月、何年という単位の長期的なストレスがうつの要因になるというのはかなり共通認識のようです(82ページ)。そして、自分では制御できないと感じるストレスが大きな要因となること。仕事などでは、ある程度「自分で制御できる」という感覚が必要なようです。

4. 現代のデジタルライフの問題点

 ハンセンさんは、デジタルライフの最大の問題はスマホではなく、他のことをする時間がなくなったことだと述べています(147ページ)。「他のこと」とは、睡眠、運動、実際に人と会うことです。これらは精神の不調を防ぐ効果があることが知られていますが、デジタル化が進むにつれて、これらのことをする時間が少なくなります。特にティーンエイジャー、中でも女子がデジタルライフの弊害を最も受けているとハンセンさんは指摘しています。
 また、デジタルライフでは「ソーシャルメディアを通じて常に他人の完璧な人生を見せつけられている」状態で、現在ほど自分の「地位が下がった」と感じさせられる機会の多い時代はないともハンセンさんは述べています(151ページ)。ソーシャルメディアの使用は1日1時間以内にすることが提言されていますが(153ページ)、実行するのは簡単ではないと思いました。

5. 運動は脳や精神にポジティブに作用する

 本書には、運動が脳や精神にポジティブに作用するという研究成果がいくつも紹介されています。本書の第6章全体にわたってこのことが述べられています。たとえば、記憶の中枢として働く海馬や抽象的な思考を行う前頭葉は運動をすることで大きくなり、細かい血管ができて、酸素の供給が大きくなります(169ページ)。
 また、毎日じっと座っている代わりに15分間のジョギングや1時間の散歩をするとうつになるリスクが26%減るという研究が2019年に最も権威のある医学雑誌に発表されたそうです(174ページ)。
 運動の影響という点では、心理学で最も重要な発見は「自分の能力への自信、つまり自己効力感が高まること」だとハンセンは述べています。とても大事な研究成果が出てきているのだなと私は思いました。


 さて、本書は脳の働きについて盛りだくさんの内容が述べられているとおもいましたが、脳の基本的な働きが「生き延びること」に向けられているというハンセンさんの主張がたいへん興味深いものだと思いました。これに関連して、本書の最後のところは、何を「生きる意義」だと考えるかはひとそれぞれだが、幸せを追い求めてはいけない、「幸せとは幸せについて考えることをやめ、意義を感じられることに没頭した時に生まれる副産物なのだ」という言葉で締めくくられています(241ページ)。脳の働きの解説から「幸せとは何か」ということにまで話が展開していて、とても読み応えのある本だと思いました。

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