小林一茶の私生活に表れる江戸時代の「性」

沢山美果子 著『性から読む江戸時代』
(岩波書店、2020年)

 本書の著者、沢山美果子さんの本はこれまで『江戸の捨て子たち』、『江戸の乳と子ども』を読んだことがありました。どちらも赤ちゃんの命を救うネットワークが江戸時代にあったことが具体的な史料から浮かび上がってくる本で、とても興味深く読むことができました。今回は沢山さんの近著である『性から読む江戸時代』を読んでみました。内容が盛りだくさんなので、今回は本書の第1章だけをレビューしたいと思います。

歴史学のテーマとしての「性」


 捨て子など実母から乳がもらえない赤ちゃんに乳を飲ませる乳母のネットワークに焦点があてられた前2冊とは異なって、本書のテーマは「人類が命をつないでいくための根源的営み」である「性」です。歴史学で「性」がテーマとなったのは2000年以降だと沢山さんは述べています(iiiページ)。意外に遅いと感じました。
 私はNHKの大河ドラマを観るのが大好きで、江戸時代の人々がどのような生活を送っていたのかにも興味があるのですが、本書には私が知らなかった面白い情報がたくさんありました。なかでも印象に残ったのは小林一茶の私生活についてです。「やせ蛙負けるな一茶これにあり」の句で有名な、あの小林一茶です。彼は自らの「性」に関する記録(日記)を残していました。一茶は18世紀に生きた人ですが、250年後の人々に自分の性生活が研究の対象とされるとは、おそらく想像していなかったでしょう。

小林一茶の日記

 江戸時代は日記をつける人々が増えた時代で、武士、商人、職人、農民などのあらゆる身分で日記をつける人々が出てきたそうです(2ページ)。しかし、夫婦の性関係について記した人々はほとんどみられないのですが、有名な小林一茶がつけた日記は例外で、自らの「性」に関して記録されているのだそうです。なぜ一茶が「性」に関する記録を残したのかというと、俳句の門人を指導するため留守がちだった一茶が、生まれてきた子が本当に自分の子かどうかを確認する必要があったためだとされています(9ページ)。

一茶の妻子と命のもろさ

 一茶は52歳のとき、28歳の妻・菊をもらいました。子どもは三男一女の4人生まれていますが、全員幼くして亡くなっています。長男は発育不全のため生後28日で、長女は疱瘡(ほうそう)のため1歳2ヶ月で、二男は生後96日で窒息死、三男は下痢による衰弱のため1歳9ヶ月で亡くなりました。
一茶は丈夫に育ってほしいという願いを込めて、石や金の固さと丈夫さにちなんで二男に石太郎、三男に金三郎と名前をつけたとされています。
 妻の菊は、三男・金三郎が生まれた後、病気で乳が出なくなりました。三男は乳母に預けられましたが、その乳母も乳が出なくて水ばかり飲ませていたために三男が亡くなったと一茶は書き残しています(7ページ)。
 江戸時代の人々の命に関連して、一茶の妻・菊が7年間に2年間隔で4人の子どもを産み、37歳で亡くなっているということも壮絶だと思いました。

強精剤を服用した一茶

 江戸時代にも強精剤って、あったんですねと驚きました。ただ、江戸時代のそれは野山に自生していた植物だったようです。「黄精(おうせい)」や「婬羊雀(いんようかく)」という名前の植物だったそうです(10ページ)。
 このような強精植物を摘み、妻との「性」を記録した一茶の日記を分析した沢山さんは、

①子宝への願い(生殖)
②性欲の充足(快楽)
③快楽としての「性」を戒める禁忌(タブー)を意識する姿

の3つが読み取れると述べています(20ページ)。③の禁忌(タブー)については4人の子どもを幼くして亡くしたことを神罰仏罰と結びつけて恐れた可能性があると指摘されています(21ページ)。
 現代では「迷信」と言って片付けられそうですが、一茶の夫婦だけでなく江戸時代の人々には共通して広がっていたということが本書第1章の後半では詳しく検討されていて、とても興味深かったです。
 小林一茶の日記から江戸時代の人々の私生活や「性」がかなり分かるという本書の指摘はとても刺激的でした。一茶の日記が分析されるのは本書では、この第1章だけです。次章以降もじっくりと読み進めていきたいと思います。

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