若手を伸ばす先輩教師のワザ

堀裕嗣 著『教師の先輩力』
(明治図書、2023年)

 堀裕嗣さんの本はこれまで『教師の仕事術』や『アクティブ・ラーニングの条件』などを読んできました。多忙な仕事の代表のように言われることも多い教職のあり方に時間的な余裕の作り方や授業開発の楽しみを提言しておられて、とても勉強になる本でした。今回は、堀さんが先輩教師として若手教師の育て方をアドバイスしている本書『教師の先輩力』を読んでみました。
 本書の著者・堀裕嗣(ほり・ひろつぐ)さんは、北海道の中学教師で、国語を専門として教鞭をとっておられます。本書では教職に入って10年、20年を経て学校の中核を担う年齢となった先輩教師が若手教師とどのように付き合うのか。そしてどう育てるのかという点について述べた本です。
 もちろん、若手教師を育てることは先輩教師の職務というわけではありません。教師の職務は授業や生徒指導などで子どもたちを育てることです。校長・教頭などの管理職以外の教師は、子どもと向き合うことが職務で、若手教師に何かアドバイスをしたり、力量をつけさせたりといったことは基本的にはやる必要がないことです。ですが、学校という教育現場では、同じ学年の先生どうしで話し合って共同で生徒指導をしたり、別の学年の先生たちと共同で運動会や文化祭の準備や運営をしたり、といった活動があり、先輩教師と若手教師が交流することが多々あります。そういう機会に先輩教師はどのように若手教師と向き合っていくのか。自らの経験や知識から何を若手に伝えていくべきなのか。そういうことを対する堀さんなりの考えを論じたのが本書になります。
 私が特に勉強になったのは以下の3点です。

1. 今や「以心伝心」は通用しない

 「言わなくても分かるだろう」というつもりで若手教師と付き合ってもうなくいかないことを堀さんは実感しておられます。平成の30年で「以心伝心」の文化は失われたと考えたほうがよさそうです(91ページ)。
 教室の子どもたちとは、授業などで日常的に接することである程度の「以心伝心」、あるいは「コンテクスト」が出来上がってきますが、若手教師と先輩教師の間には、これは通用しない。そこで、若手教師には日常的に言葉かけをして、必要なことはどんどん言葉にする気構えが先輩教師には必要だと堀さんは述べています(92ページ)。学校の文化は平成の30年で大きく変わったのだなと思いました。

2. 若手教師には「帰納的指導」が重要

 堀さんは、指導には「演繹的指導」と「帰納的指導」があると指摘しています(117ページ)。これが私にはとても勉強になりました。前者は、事前にその活動の価値や留意点を語り、それを意識しながら活動すること。
 これに対し後者は、まずは活動を行い、その後でその活動の体験を踏まえて価値や留意点を語ることです。若手教師には、この「帰納的指導」がよいと堀さんは述べています。
 「帰納的指導」は、活動の後での「リフレクション」つまり「振り返り」が重要になります(28ページ)。そして、どの点がうまくいって、どの点がうまくいかなかったのかを反省したり、「なぜ」という問いを投げかけたりすることで「帰納的指導」はさらに深まっていくのだと思いました。
堀さんは〈How〉という問いよりも〈Why〉という問いのほうが重要だと考えています(129ページ)。〈Why〉という問いは課題を明確にする効果があるからです(128ページ)。この点もとても勉強になりました。

3. 教師は20代で「一芸」、30代で「二芸」を身につけよ

 教師の「一芸」とは、「これだけは得意だ」「これだけは誰にも負けない」という分野のことです。教師の仕事には、教科の授業や、道徳、総合など教科横断的な分野の内容を構想すること、生徒指導、行事の指導、生徒会活動など幅広く広がっています。これらの中から1つを集中して得意分野にすると教員生活全体が豊かになると堀さんは述べています(131ページ)。私はこういうことを考えたことがなかったので、とても勉強になりました。
 そして、学芸会のステージ発表を得意とする教師は、それを応用して学級づくりを展開するとか、道徳や総合の研究を得意とする教師はカリキュラム全体を研究したり運営したりすることが得意になる、など「一芸」を応用するという発想が述べられており、とても勉強になりました。


 本書は学校での先輩・若手の関係のあり方が述べられていましたが、これは企業の若手育成にも応用できるような原理が書かれていると思いました。

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