医療の「正統」と「異端」を探る
黒﨑周一 著『ホメオパシーとヴィクトリア朝イギリスの医学』
(刀水書房、2019年)
以前、ヴァージニア・スミスの『清潔の歴史』を読んだ時に「ホメオパシー」という一種の代替医療のことが出ていて、「これはどういうものなのだろう?」と疑問に思っていました。最近になって「ホメオパシー」について詳しく論じた本書を見つけて読んでみました。
本書の著者、黒﨑周一さんはイギリスの医療史を専門とする研究者です。本書は「ホメオパシー」がイギリス社会でどのように受け止められたのかを検討しています。
ドイツ生まれの「ホメオパシー」
本書を読んで、まず「ホメオパシー」についての基本情報が得られました。「ホメオパシー」は、ドイツの医師S・ハーネマンが18世紀末から19世紀初頭にかけて体系化した理論と治療法で、「ある病気に有効な薬品とは、健康時に服用してその病気と同様の症状を引き出す薬品である」という「類似の法則」という考えを採用しているところが大きな特徴です(5ページ)。この「類似の法則」は日本語的には「毒をもって毒を制す」ということのようですが、科学的な裏付けのないニセ科学だという批判が投げかけられてきました。ただ、一定の信奉者を獲得して現在まで続いているそうです。
「異端医学」とは
「ホメオパシー」は批判を受け、西洋医学の「本流」にはなり得なかったものの、人々から一定の支持を集めました。この点について黒﨑さんは、西洋医学の「本流」を「正統医学」と呼ぶのに対し、「ホメオパシー」は「異端医学」だと述べています(9ページ)。この「異端医学」という用語について私は少し驚きましたが、考えてみると、日本の医療の世界にも鍼(はり)、灸(きゅう)や漢方薬のような西洋的な医学とは異なるものがあることを想起して「異端医学」という考え方が重要だと気付きました。また、現在、医療関係者や政府で議論されている「代替医療」「相補・代替医療」「統合医療」という考え方は、「正統医学」だけでは不十分で「異端医学」からも何らかのものを取り入れていこうという方向性なのだと思いました。
医師には頼らず
本書を読んで、「異端医学」に関する研究も、ある程度蓄積されていることが分かりました。それらによると、「異端医学」とは19世紀に進行した医師の専門職化への対抗文化として根強く続いてきたものです(13ページ)。そして、医師に頼るよりも自己治療を重視するのが「異端医学」の特徴です(12ページ)。
「ホメオパシー」という医療は、その効き目や効果は疑問視されながらも完全には否定されなかったようです。効き目や効果が明確には否定しきれなかったことに加えて、自由放任主義や自由競争を重んじる19世紀イギリスの傾向が重なって、「正統医学」と呼ばれる側も一定程度は「ホメオパシー」を肯定したり取り入れたりしたことで、「正統医学」と「異端医療」の境界線は曖昧になったという結論が本書では導かれています(234ページ)。これは「正統」と「異端」を明確に区別することはそう簡単ではないということを示すよい事例なのではないかと思いました。
鍼や灸は?
本書を読んで「ホメオパシー」のほかにも「異端医学」と呼ばれるものがあると思いました。たとえば、私の祖母などがよくやっていた灸(きゅう)などもその一つです。植物のモグサを乾燥させたものを患部に置いて火をつける治療法ですが、こういうものはどんな効能があると考えられていたのでしょうか。また、今はどうなっているのでしょうか。あるいは、温泉に入る治療法なども「異端医学」なのかも知れないと思いました。今後、調べてみたいと思います。