『深夜特急』インドで沢木さんは毒殺されてしまうのか?
沢木耕太郎 著『深夜特急3 インド・ネパール』
(新潮社、1994年)

本書は沢木耕太郎が1970年代にユーラシア大陸を旅したノンフィクションの第3分冊です。第1分冊は香港・マカオ、第2分冊はタイ・マレーシア・シンガポール、そして今回はインド・ネパールです。かつて文庫で読んだ本をオーディブルで聴き直しています。斎藤工の低く抑えたトーンの語りが心地よいです。
私はインド、ネパールには行ったことはありません。1990年代に本書を読んだとき、インド、ネパールで沢木さんが体験したことは、日本の状況とはかなり違っていて、まさに異世界の話のように感じました。例えば、3等列車があまりに込みすぎて、網棚のほうが足を伸ばして寝ていけるので特等席になっているというような話のところや、ガンジス川に流れる死体について書かれたところなどに、日本との違いを感じていました。
今回、オーディブルで聴き直して印象的だったのは、この長旅で初めて沢木さんが体調を崩したという点です。それまで香港やマレー半島を旅してきて、沢木さんは全く体調を崩さず、元気に旅を楽しんでいました。たしか沢木さんは陸上競技を経験していたと思うのですが、当時20代の若さと体の丈夫さが感じられました。
ところが、インドとネパールを旅するうちに、風邪のような発熱と倦怠感に沢木さんは襲われます。日本から持参した抗生物質入の薬を飲んで何とかやり過ごそうとしたのですが、慣れない安宿暮らし、食事の不規則さ、そして、強行軍の電車移動で体調を悪化させてしまいました。
私も経験があるのですが、旅先で体調を崩すというのは本当に心細くなるものです。沢木さんも、言葉があまり通じない中で病院を受診するのを避けてしまったり、目的地までの移動を優先して電車に乗り、車内でさらに具合が悪くなったりということが重なってしまいました。
沢木さんは、比較的清潔な宿を探したのですが、そこが女子専用の宿だったことに気づかず、フロントで断られてしまいます。これは当然だと思いますが、あまりにも具合が悪そうだったことを見かねたホテル側が特別に女子部屋に泊めてくれたというエピソードも綴られていました。
今回のインド・ネパール編では、こういう沢木さんの体調不良がとても印象的で、その途中で見たガンジス川に浮かぶ死体や、死体焼き場の風景描写とも重なり合って、命をはかなさと重さを感じる内容となっていました。
本書の最後のところで、沢木さんはようやくデリーに辿り着きますが、具合が悪くて部屋で寝ていると、鍵を閉めたはずなのに、ホテルの従業員が部屋に入ってきていて、沢木さんに薬を飲ませる場面があります。このシーンは、最初に読んだときも、とても恐怖を感じた場面でしたが、今回オーディブルで聴いても、一番怖さを感じました。この薬は本当に効くのか? それとも沢木さんは毒殺されてしまうのか? そんなことを感じながら、インド・ネパール編は終わりになりました。