読書の幅を広げてくれた、宝物のような一冊。一穂ミチ『光のとこにいてね』

一穂ミチ 著『光のとこにいてね』
(文藝春秋、2022年)

 小説は、文体とかテーマなど、好みが分かれやすいジャンルではないかと思います。いったん好きになった作家さんの作品はどんどん読む一方で、他の作家さんの作品を読むきっかけがあまりないという感じがしています。私は人に薦められたことがきっかけで、この小説を読み始めました。これまであまりたくさん読んできたわけではないので、人の薦めをきっかけとして、読める小説の範囲を広げていくのは大事なことなのではないかと思っています。

何やら「訳あり」な雰囲気が漂うストーリー展開

 この小説は、主人公の小学校2年生、高校1年生、30歳少し前という3つの時期が描かれます。主人公は2人の女性(結珠と果遠)です。小2のときに、結珠が母親に連れられていった団地の公園のところから果遠を見かけるところから物語がスタートします。ベランダから身を乗り出すようにして何かをしようとしている果遠を、ヒヤヒヤしながら見かけた結珠が助けようとする場面がとても印象的です。
物語はずっと、何やら訳ありという雰囲気を漂わせながら進行していきます。毎週水曜に結珠を連れて団地に行き、階下に結珠を待たせて5階の一室に入っていく母親。その30分の間に母親に内緒で果遠と遊ぶ結珠。母親はいったい何をしているのか? 自分のことを「バカ」だと卑下している小2の果遠。ある日を境に、ぱったりと団地に通うのをやめた結珠の母親。そして結珠と果遠は会えなくなる。


 次に高1になった結珠は、高校で果遠と再会を果たす。後で分かることだが、これは、果遠が結珠を探して、同じ高校に入学したことで実現した再会でした。そして、この頃から結珠と母親の関係が悪化する。それ以前から、結珠に対してどこか冷たかった母親に対して、結珠の不信がどんどん募っていく様子が描かれています。小2のころには、果遠のほうが家庭環境の問題を抱えていた様子で、結珠のほうは比較的うまくいっている感じでしたが、高校時代は結珠のほうも母親との感情的なもつれが増えていきました。そして、果遠のほうは母親の職場の人間関係のもつれで「夜逃げ」をすることになり、高校をやめます。2人の主人公は離れ離れになります。


 それから10年以上たったとき、2人の主人公はもう1回再会を果たします。このときに、これまでの「訳あり」の様子が一気に伏線回収され、結珠の母親が団地の一室で何をしていたのかも明らかになります。

2人の少女が母親から自立する物語

 小学生だった主人公2人が高校生、30歳少し前になって成長して、2人とも自分の母親との関係のもつれを自力で解消していく物語になっていると思います。2人の主人公がお互いを大事にしあう様子がじっくりと描かれていると思います。白詰草や卵型の防犯ブザーなど、小学生のころに相手を思いやって渡したものを、お互いに大切な思い出として記憶していたり、まだもっていたり、いつか弾いてあげると約束したパッヘルベルのカノンを、何年も経ってから実際に弾いてあげたり。時間が経過して消えるのではなく、かつてのことが下地になって今につながっていくような、重厚な描かれ方がされているのが、とても読み応えのある、いい話だと感じました。

 結珠は小学校教師になりますが、そのきっかけとなったのは果遠です。時計の読み方が分からなくて同級生から馬鹿にされていた小2の果遠に、バッチリ教えてあげたら果遠がしっかり理解して時計が読めるようになった。生き生きし始めた果遠を見て、自分も人の役に立つんだと実感した結珠。それが忘れられなかった結珠は、高1で果遠と別れた後、教師になる道を選びました。このエピソードはとてもよかった。

 この小説に出てくる「本州最南端の街」がどこなのか? とか、2人が通った高校の図書室に飾られていた写真家ギュスターブ・ル・グレイ作の空と海の合成写真とか、ネット検索で調べてみるのも面白かったです。
 ちょっと読み終わるのがもったいないぐらい楽しめる小説でしたので、みなさまにも是非おすすめします。

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