「理想の家族」のイメージを背負った「サザエさん」
三浦展 著『「家族」と「幸福」の戦後史――郊外の夢と現実』
(講談社、1999年)
「幸福」というテーマについて考え続けています。これまで、水木しげる『水木サンの幸福論』や樺沢紫苑『精神科医が見つけた3つの幸福』などを読んできました。今回は題名に「幸福」と「家族」が入った本書を読んでみることにしました。
マーケティング・リサーチの立場から
本書の著者、三浦展さんはマーケティング・リサーチを専門として研究や著述を行っています。本書では、戦後の日本社会が第二次世界大戦の混乱から復興して、「消費社会」になっていく1970年代が分析されています。「消費社会」とは、「生存に必要な最低限のものを消費するだけの時代から、生活の中に個性や趣味を表現する消費が増大した」社会です(11ページ)。
三浦さんは、アメリカ型の生活スタイルがテレビ番組を通じて盛んに紹介された影響が大きく、それが高度経済成長を通じて、ある程度は可能になったという社会背景を指摘しています。本書の第1章では、1960年代から進んだ団地、アパート、ニュータウンの建設ラッシュの模様が取り上げられていて興味深かったです。東京など都市部のベッドタウンに一軒家をもつのが理想ですが、すぐにそれが実現できない場合でも団地やアパートに住んで、夫が都市部に通勤、妻は専業主婦として子育てという生活スタイルが好まれていく様子が描かれています。
「サザエさん」の変化
本書を読んで気付いたのは、この時代にテレビ番組「サザエさん」が1969年に放送開始され、一種の「家族の理想」を表現していたということです。ただし、この「サザエさん」は現実の家族とは違っていたと三浦さんは指摘しています(153ページ)。「サザエさん」では、男たちが夕食の時間に帰ってきますが、現実の男たちは夜遅くまで仕事から帰ってこなかった。現実には、サラリーマンとしてモーレツに働く男たちが多く、妻たちもパートや家事に追われ、疲れていて、家族そろっての夕飯は夢物語だったというのが三浦さんの分析です。そして、「サザエさん」がテレビ放送される前に1946年から新聞漫画として連載されたいた頃には、必ずしも「理想の家族」を描く漫画ではなかったという三浦さんの指摘(154ページ)に感心しました。私は新聞連載された「サザエさん」が単行本化されたものを読んだことがあったのですが、テレビの「サザエさん」との雰囲気の違いに驚いた記憶があります。その違いは、テレビの方には、夕食でちゃぶ台を囲む場面が何度も登場するのに、新聞連載の方はそれほどでもないという違いが大きかったのだなと気付きました。
「郊外」という環境について
一方で、本書の第7章で、「郊外」という環境と「少年犯罪」の凶悪化を結びつける議論が展開されていることには疑問が残りました。「郊外」に造成されたベッドタウンやニュータウンと呼ばれるところは、短期間に大量の人が移り住んでくるので、地域の共同性が少なく、均質な家族が多く、土地が明確に区割りされ、土地利用にあいまいな部分が少ないという性質があるという三浦さんの指摘は「その通り」と思いますし、「どうも落ち着かない」(176ページ)ということも分かる気がしますが、それが凶悪な少年犯罪の原因や土壌とまで言えるのかどうかは疑問に思いました。本書の出版が1999年で、97年に起きた神戸連続児童殺傷事件などが大きく報道されていたことなどが、本書の視点に影響しているのではないかと思いました。
本書のキーワードは「家族」と「郊外」で、戦後の日本社会は「家族」と「郊外」の住まいに「幸福」を見つけ出そうとしたということを論じた本だと思いました。引き続き、「幸福」について考える読書をしていきたいと思います。