ナチスも対策を迫られた!:ドイツ史のなかの性病問題

川越修 著『性に病む社会』
(山川出版社、1995年)

 山川出版社は高校の歴史の教科書や参考書で有名です。私も使用したことがありましたが、歴史教科書は読みにくくて、つまらない印象でした。私はNHKの大河ドラマが好きで歴史好きです。歴史の読み物で何か面白そうな本はないかと探して、本書に行き当たりました。
 本書の著者、川越修さんは歴史学者で、長年にわたり同志社大学で教鞭をとっておられました。
 本書を読んで特に面白いなと感じたのは以下の3点です。

1. 性病撲滅運動は性教育を開拓した

 本書で扱われるのは19世紀末から20世紀半ば頃のドイツの歴史です。ただし、教科書風の通史的な描き方ではなく、梅毒などの性病に対するドイツ社会の対応を中心とした歴史が描かれています。
性病を撲滅しようとすることは、「あるべき性規範」について議論したり、それを発信したりという運動を伴いました。そして、それが性教育という分野を切り開くことになったという本書の指摘(64ページ)は、とても面白く感じました。
 そうした動きは、女性運動と結びついたり、性病に関する専門医の活動を拡大したり、というように社会に波及効果を及ぼしました。こういう歴史の描き方は教科書よりもはるかに興味がもちやすいと思いました。

2. 性病問題に関心をもってもらうため演劇が利用された

 性病問題について世論を喚起する手段として演劇が利用された(105ページ)という本書の指摘が面白かったです。現代のようにインターネットなどもない時代でしたので、新聞や書物というのはあり得ると思いましたが、演劇とは少し驚きました。
 具体例として、イプセンという作家の『幽霊』という作品が挙げられています。イプセンとはたしか夏目漱石の小説の中に名前が出てきていたと思います。この『幽霊』という作品で、梅毒にかかった者に天罰がくだるというような描き方がされているそうです。

3. ナチスが欲した「遺伝病のない子だくさんな家族」

 本書ではナチス党の時代も扱われています。ナチスはユダヤ人虐殺のことが悪名高いですが、この時代に性病の撲滅についても徹底が図られたということは、あまり知られていないかもしれません。川越さんはナチス社会では「遺伝病のない子だくさんな家族」が目指されたと指摘しています(237ページ)。この場合、性病は感染症であるばかりでなく、遺伝病として次世代に悪影響を与えるということが、ドイツ民族の繁栄にとって邪魔なものだという考えとなって表れているのだと思います。
 本書を読み終わって、こういう論点は高校などの歴史教科書には載りにくいのだろうなと思いました。ということは、卒業して社会人として、こういう論点も含めた幅広い読書をするとよいのではないかと感じました。

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