いじめから身を守るためにできること

 

荻上チキ 著『いじめを生む教室――子どもを守るために知っておきたいデータと知識』
(PHP研究所、2018年)

 1年間に何度か重大ないじめに関するニュースが流れて、最近はどれがどのいじめ事件だったのかよく覚えておらず、事件の詳しい内容が報道されてもあまり考える気にならない傾向がありました。学校側はいじめを把握していなかったとか、教育委員会の対応がよくなかったとか、いろいろ「なぜ、そのようなことを? なぜ、そのような対応を?」と疑問に思うことがよくありました。いじめ事件を読み解くポイントは何なのかについて知りたいと思い本書を手にとってみました。

荻上チキさんの渾身作

 本書の著者、荻上チキさんは評論家でNPO法人ストップいじめ!ナビの代表理事もされています。このNPO法人は2012年に滋賀県大津市で起きた中学2年生のいじめ自殺事件に関する報道が加熱している時期にスタートしました。当時の報道は私も少し記憶にあります。「自殺の練習をさせていた」「蜂の死骸を食べさせた」などの報道に驚いたこと、そして、加害者や教育委員会へのバッシングが広がっていたことを思い出します。本書の「はじめに」のところに書かれていますが、著者の荻上氏は自身が子どもだった1980年代後半頃から90年代前半、毎日のようにいじめに苦しんでいたそうです(3ページ)。当時のいじめ報道は大人向けで大騒ぎするが、子どもにとって役立つ情報は何も提供されていなかったという荻上氏の実感からNPO法人ストップいじめ!ナビの活動がスタートし、本書も書かれています。本書を読んで気付かされたことは多くありますが、今回は特に次の3点をあげておきたいと思います。

1. 報道されるいじめ事件はごく一部だけ

 いじめに関して報道されるのは、被害者が自殺した場合のような重大事件の場合だけで、報道されないいじめ事件はその何倍もあります(21ページ)。生徒間で発生しているいじめの「発生件数」のうちの一部だけが学校・教員が把握する「認知件数」としてカウントされ、そのうちのまた一部だけが文科省に報告される。報道されているのは、さらに一部に過ぎません。報道でいじめの実態を知ることには限界があり、もっと信頼性の高い調査としては国立教育政策研究所が1998年から継続して行っている「いじめ追跡調査」や「大津市いじめの防止に関する行動計画」にもとづいて行われた大津市の実態調査などがあります。

2. 学級・教室のストレス

 いじめの理論面では、いじめの加害者・被害者の「心の問題」のみに焦点化する「個人モデル」から「環境モデル」へ変化してきています(92ページ)。「環境モデル」とは、生徒集団をとりまく学級・教室の雰囲気に注目していじめの原因を探る理論です。そして学級・教室で生徒にかかるストレスにはどのようなものがあるでしょうか? 上述の国立教育政策研究所「いじめ追跡調査」では、競争的な雰囲気、生徒間の人間関係、「何となくイライラする」気持ちというものがいじめ加害と結びついていると分析されています。このようなストレス要因は学級・教室だけでなく大人の職場などでもあることかもしれませんが、学級・教室ではストレスの発散の仕方が限られていることがいじめにつながると指摘されています(93ページ)。これらの解決が簡単でないことは予想されますが、「競争的な雰囲気」を変えていく、人間関係を円滑にしていく、などが解決の糸口となるというところまで理論は進展してきているようです。

3. 加害者の「言い訳パターン」がある

いじめ加害者の気持ちも善悪の間で揺れ動くようです(131ページ)。その揺れ動きを自己正当化するために「言い訳パターン」が5つに分類されている(131ページ)のはとても興味深いものでした。たとえば、「いじめを受けている本人にも悪いところがある」というのは「被害者の否定」という「言い訳パターン」だとされています。また、「遊びやふざけだと思っていたから」というのは「危害の否定」とよばれています。本書で直接言われているわけではないのですが、「プロレスごっこだった」というのは「危害の否定」に該当するのだなと思いました。

聞き取って記録する

 荻上氏は「ヒアリングのメソッド化」を提唱しています(142ページ)。NPO法人ストップいじめ!ナビのウェブサイトにある「あしたニコニコメモ」などのフォーマットを使って、いつ、誰から、どんな被害を受けたのか、だれが目撃していたのか、という情報を記録し、それを通報や相談の証拠とするということです。自分でつけた記録でも有力な手がかり、証拠になるので、自分の身を守り、自分の子どもの身を守るために被害の状況を記録に残していくことが重要だと感じます。これらについて詳しくは本書を読まれることをオススメします。

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