「あのひと」はストックホルムに行く決意をした!

重松清 著『十字架』
(講談社、2012年)

 重松清さんの小説は『せんせい。』や『青い鳥』などの短編集を読んだことがありました。親子関係や教師と生徒の関係の中での、登場人物の内面描写が上手だと感じる作家さんです。本書『十字架』はいじめをテーマとする長編で、吉川英治文学賞を受賞した作品ということで楽しめそうだと思い、読んでみました。(※ネタバレあり。)

モデルとなった人物・出来事

 本書を読み終えた段階で「文庫版のためのあとがき」を読みましたが、ここに重要なことが書かれていました。それは、本書のストーリーはフィクションだけれども、登場人物や出来事にはモデルとなった人や出来事があるということです。まず、モデルとなった人物ですが、その人はOさんとイニシャル表記されています。重松さんはOさんに2006年にNHKのドキュメンタリー番組の取材でインタビューをしたのだそうです。Oさんは、その12年前に当時中学2年生だった息子さんを亡くしました。学校でひどいいじめに遭(あ)って自ら命を絶ったということです。

 このいじめ事件はおそらく1994年に愛知県で起きたものだと推測します。有名な事件で、当時テレビなどでさかんに報道されていたので覚えていました。

「あのひと」の魂の遍歴をたどる

 本書『十字架』は、このOさんをモデルとする人物「あのひと」を主要な登場人物としながら、いじめ事件後に残された人びとの悲しみや後悔やその後の人生を描いた物語です。「あのひと」の息子さんが遺(のこ)した文章に「親友」だと書かれていた同級生の男子に対して「あのひと」は「なぜ息子を助けてくれなかったのか」という恨(うら)みの気持ちを持ちます。しかし、「親友」だと書かれていた同級生には、「親友」だという気持ちはなく、一方的な「あこがれ」だったということが物語のポイントとして描かれています。このあたりの内面描写に重松さんの小説家としての力量を感じました。

「十字架」の意味

 そして、本書の題名にもなっている十字架ですが、罪人がはりつけにされたり、イエス・キリストがはりつけにされたり、直感的に「死」や「苦難」をイメージさせます。私は、本書の中で十字架は2つの働きがあると思いました。1つは、「あのひと」や「親友」と呼ばれた同級生など遺された人びとの「苦難」です。もう1つは「死」です。亡くなった息子さんがいじめに遭っている最中に、世界一周旅行を計画したノートを作っていて、その最終予定地がスウェーデンのストックホルムにある「森の墓地」と呼ばれる有名な共同墓地に設定されていました。このことを知った「あのひと」は、息子の死の後、20年も経過した後ですが、「森の墓地」を訪れます。亡くなった息子さんがここに行きたいと思った時のことを考えながら、20年後にここに行こうと思った「あのひと」の気持ちを想像すると辛(つら)くて涙が出そうになりました。

世界遺産「森の墓地」の十字架

 ストックホルムにある「森の墓地」は、現地の言葉では「スクーグスチルコゴ―デン」で世界遺産にもなっている有名な墓地です。自然に囲まれて、美しい建物や墓石などがあり、巨大な十字架があるようです。ウィキペディアの「スクーグスチルコゴ―デン」には、参考文献のところに、「重松清『十字架』の作中の舞台」と記されていました(2022年4月17日閲覧)。私もいつか訪れてみたいと思いました。

教師・子ども・親のストーリーを紡ぐ作家!

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