出産と子育ての風習には不思議がいっぱいです!

安井眞奈美 著『怪異と身体の民俗学――異界から出産と子育てを問い直す』(せりか書房、2104年)

 ひところ「妖怪ウォッチ」が流行り、それ以前から「ゲゲゲの鬼太郎」も人気があります。人間社会の近くにいながら目には見えづらい妖怪のような存在についての関心は高いようです。「怪異」とは「現実にはあり得ないような不思議なこと」ですが、これをテーマにした本書を新聞広告で見つけて読んでみました。

通行人に赤ちゃんを抱かせる妖怪

 本書の著者、安井(やすい)眞奈美(まなみ)さんは民俗学の研究者です。太平洋にあるミクロネシアのパラオ共和国の出産についてフィールドワークをした経験もあるそうです。
 安井さんは「妖怪ウォッチ」が流行した頃、「最も気になる妖怪は?」と聞かれたとすれば「ウブメ」と答えただろうと言っています(5ページ)。ウブメは妊娠・出産中に亡くなった女性の妖怪です。ウブメ(産女(うぶめ))は江戸時代の『奇異(きい)雑談集(ざつだんしゅう)』や『画図(えず)百鬼(ひゃっき)夜行(やこう)』などの文献にも描かれています(36ページ)。これがもとになって昭和の時代まで民間伝承になっていました。胎児をおなかにかかえた亡くなった女性が、赤子を抱えて出没し、通りかかった人に子どもを抱かせ、そのお礼に福を与えるのがウブメの物語です。
 本書は、このウブメの出没を恐れたところから生じた民間習俗として、妊娠・出産中の女性と胎児が亡くなった場合、女性と胎児を別々の場所に埋葬(まいそう)する風習について詳しく考察しています。別々にしないとウブメが出る。それを恐れて別々に埋葬する、というのは一見、不合理のように見えますが、実際にそのような風習があって、戦後間もない1953年の福島県では、この風習を問題視した警察が捜査に乗りだしましたが、結局は不起訴処分となった事件があったそうです(15ページ)。

玄関に埋めるもの

 本書は、このようなウブメの話の他にも、出産後の後産で母体から排出される胎盤(たいばん)などが自分の住まいの玄関口に埋められる風習についても考察されています(86ページ)。排出後の胎盤が人々に踏まれて固まることが丈夫な子どもの身体につながる、という考え方がかつてはあったのだそうですが、明治政府が定めた清潔(せいけつ)規則と対立しつつ昭和初期までは残っていたことが明らかにされています。

「おんぶ」か「だっこ」か


 他にも、胎児や新生児を「堕(お)ろした」場合の「水子(みずこ)」の供養(くよう)の風習や、「おんぶ」と「抱っこ」の身体技法の変化、日本の伝統的な出産の体位、西洋由来の「分娩(ぶんべん)台(だい)」が日本で広まっていく様子など、出産と子育てにまつわる習俗を「怪異」というユニークな視点から考察しています。

「怪異」の不思議な魅力

 本書で取りあげられている日本の風習はどれも興味深いものばかりでした。そして、風習に妖怪や幽霊のような不気味で不思議なものが関係していることが多々あるということが分かりました。水木しげるさんが多くの妖怪を漫画に書いて、その魅力を語っておられましたが、不気味で不思議なものにも独特の魅力があるし、人々の行動や風習に強い影響を与えていたということに注目していきたいと思いました。

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