イエスは病気を治した!
山形孝夫 著『治癒神イエスの誕生』
(筑摩書房、2010年)
2018年に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産に登録されたというニュースを目にした時、小学校の社会科教科書で「島原の乱」や「天草(あまくさ)四郎(しろう)」というキリスト教に関することを習ったことを思い出しました。実家の墓がお寺にありますので仏教には多少馴染(なじ)みがありましたが、キリスト教については詳しいことはあまり知りませんでした。本書を読んで理解を深めたいと思いました。
100箇所以上の病気治し物語
本書の著者、山形孝夫さんは宗教人類学を専門とする研究者で、聖書の成り立ちや聖母マリアについての著書もあります。
本書では、聖書の中に描かれたイエス・キリストによる病気治(なお)しの物語について詳しく検討されています。聖書の中にはイエスが病気を治す物語が100箇所以上あるそうです。山形氏は、これに注目して、イエス・キリストの活動の中で、病気治しの活動の比重はとても大きく、「ユダヤ社会の支配の論理や差別のイデオロギーとの、もっとも戦闘的な闘争形態ではなかったかとさえ、私には思われます」と述べています(12ページ)。キリスト教はユダヤ教の社会から生まれたと聞いたことがありましたが、イエス・キリストの活動は、ユダヤ社会の「支配の論理」や「差別のイデオロギー」への挑戦であったというのが本書の重要な指摘だと思います。
病気が神の罰か?
より具体的には、ユダヤ教の経典である旧約聖書の「レビ記」が検討されます。「レビ記」には、ツァラアトと呼ばれた重い皮膚病などが「呪(のろ)われた病気」「穢(けがれ)れた病気」とされて、その症状が列挙されています。 それにどう対処するのかはユダヤ教の聖職者に任されていたのだそうです(14ページ)。当時の医学では治せない病気が神の罰とされ、聖職者の手によって社会的に制裁される仕組みとなっていたということだと思います。
イエス・キリストは、ユダヤ社会の最底辺に追いやられ差別されていた病気の人々を救う活動をすることでユダヤ社会に挑戦した、というのが山形氏の見立てです。「イエスの驚異であり、治癒(ちゆ)の奇跡」と山形氏は表現しています(16ページ)。
ユダヤ教的支配の論理への挑戦だった
イエスの活動は弾圧され、捕らえられて処刑されたましたが、これはイエスの活動が「ユダヤ教的支配の論理を無効にすることだった」ことに理由がある、という山形氏の指摘(17ページ)に、「なるほど」と思い、多少なりともキリスト教への理解が深まったような気がしました。
キリスト教は世界3大宗教と呼ばれ、しかも、いろいろな宗派に分かれていますので、それぞれの特徴を理解するのはとてもたいへんだと感じます。しかし、山形氏の研究成果は、どの宗派も共通のテクストとしている聖書の記述や、聖書の成り立ちについての解説となっているので、とても有益だと思いました。他にも『読む聖書事典』という本もあるようなので、そちらも読んでみたいと思います。