微生物の奥深さを探究したパストゥール
川喜田愛郎 著『パストゥール』
(岩波書店、1967年)
ジョルジュ・ヴィガレロ『清潔(きれい)になる〈私〉』を読みましたが、細菌学の発展に大きく貢献した人物としてパストゥールの名前が紹介されていました。今回は、パストゥールの伝記を読んでみました。
本書の著者、川喜田愛郎さんは細菌学者で医学史家としても活躍しました。パストゥールはフランス人です。フランスではパストゥールの伝記はすでに何冊も書かれていたようですが、日本でパストゥールの伝記の書き手として川喜田さんはふさわしい方だったと思います。
医者ではなく化学者パストゥール
本書を読んで、まず気付いたことは、パストゥールが医者ではなく化学者だったということです。日本人で細菌学に貢献した野口英世は医学者だったので、細菌学という分野には医学だけでなく化学とも関係が深いのだと分かりました。
次に分かったことは、パストゥールが化学者として発酵の研究をしていたということです。発酵は、酵母やかびなどの働きによってアルコールや酸などに性質を変えていくことです。この変化の過程や微生物の働きを詳しく研究し、さまざまな分野に応用していく微生物学の基礎を作ったのがパストゥールでした(39ページ)。本書にはパストゥールが登場するまでの発酵研究の歴史も解説されていて興味深かったです。
低温殺菌法にその名が残る
また、パストゥールの名前をとって「パストゥーリゼーション」という呼び名の低温殺菌法があることも分かりました。(107ページ)。これはワイン、ビール、牛乳の保存方法として現在でも使われているもので、約55度で数分間、熱を加えてワイン、ビール、牛乳などに含まれる特定の微生物を死滅させる殺菌方法です。パストゥールは微生物学の基礎研究だけでなく、実際の製品に適用できる実用的な功績を残した研究者だったことが分かりました。
さらに分かったことは、パストゥールが1870年代に発酵の研究から伝染病の研究に重心を移して大きな成果をあげたということです。発酵の研究で培った微生物の働きに関する知見が伝染病の研究に応用可能だったということだと思います。
予防接種と免疫の研究へ踏み込む
パストゥールは牛や羊などの家畜に多くみられ人間にも伝染する炭疽(たんそ)という病気の病原体である炭疽菌の研究に打ち込みました(178ページ)。さらに、鶏コレラ菌を弱毒化して鶏に注射する予防接種の方法を確立することにも成功しました(186ページ)。パストゥールはもともと化学者でしたが、この時期の予防接種と免疫の研究を通じて医学の分野にも踏み込んでいったことが分かります。そして、パストゥールは炭疽の予防接種や狂犬病の予防接種も確立することに成功しました(189ページ、208ページ)。
発酵から予防接種までの「旅路」
本書を読んで、パストゥールは微生物の働きについての研究によって本当に多くの功績を残した人だったことが分かりました。
先日、新型コロナのワクチン接種をしましたが、各種の病気に対する予防接種という方法を確立したパストゥールが、もともとは発酵の研究をしていたということが意外でした。そして、食品・飲料の低温殺菌の分野で長く実用されている知見とワクチン接種という方法がパストゥールの中では地続きだったことにも驚かされました。自然界における微生物の働きは、発酵の働きによって人間の生活を豊かにしてくれる反面、伝染病によって人間の生命を脅かすこともあるということに気付きました。伝記を通して人間、社会、歴史について学べることが多いことも改めて分かりました。今後も著名な人の伝記を探して読んでみたいと思います。