「上機嫌」と「6割主義」という提言:教員生活にあてはまるか?
堀裕嗣 著『よくわかる学校現場の教育原理』
(明治図書、2015年)
いろいろな職業の仕事術を読むのはとても勉強になります。堀裕嗣さんの『教師の仕事術』という本も、手帳を使った時間管理、授業準備につながる読書術、執筆のしかたなど教員以外の働き方の参考になることが書かれていてとても興味深かったです。今回はサブタイトルに「教師生活を生き抜く10講」と銘打たれた本書を読んでみました。
本書を読んで私が特に勉強になったのは以下の4点です。
1. 縦糸・横糸の関係を意識せよ
学校の授業は学級・クラスを単位として行われます。子ども同士は横の関係、教師と子どもたちは縦の関係というイメージで、縦糸・横糸からなる〈織物モデル〉という考え方があるそうです(46ページ)。
教師と子どもとは決してフラットな関係ではない、ということについて堀さんは東日本大震災のような災害時には教師は安全に避難誘導のための指示を出す存在という例を挙げています(49ページ)。平時には忘れがちだけれども、いざという時には教師は警察官や自衛官のように命を賭けなければならない仕事をしている、という堀さんの考え方にははっとさせられました。
そして、子ども同士の横の関係は、学級・クラス全体でのつながりが弱く、小グループ化の傾向が強いと堀さんは感じているそうです(51ページ)。だからこそ、子ども同士のコミュニケーションを教師が促進して、横糸を広げることの大切さを堀さんは述べておられます。
縦糸がなければ横糸はうまく張れない。しかし、縦糸はできるだけ見えないほうがよい。横糸のコントラストが織物を美しく見せる。このような〈織物モデル〉のことを、本書を読んで初めて知りました。学校現場でもっと知られてほしいと思いました。
2. 教師の上機嫌は子どもによい影響を与える
「上機嫌は伝染する」というのが堀さんの考えです(82ページ)。しかし、それが難しい。授業準備の大変さ、保護者からの苦情、プライベートでの喧嘩、などを抑えて上機嫌でいるのは並大抵ではないのだと想像します。
堀さんは、自分がどんな時にイライラしやすいのか、落ち込みやすいのか、といった感情コントロールは難しいので、その原因となるネガティブな事象、そしてストレスをできるだけ回避しながら日々を過ごすことを推奨しています(87ページ)。私は本書のこの部分を読んで、堀さんの『教師の仕事術』に書かれていた手帳を用いた時間管理術は、時間に余裕を生み出すことでストレスになる事象を回避する働き方の工夫が書かれていたのだと思いました。つまり、早め早めに準備して、自分のペースを作りながら仕事を進めていって、生徒指導など急な事象にも対応しやすくするという仕事術です。
3. 「精一杯」やらない
上機嫌を保つための働き方と関連するのですが、堀さんは10割の全力ではなく6割の力をコンスタントに発揮する気構えを述べておられます(98ページ)。不真面目になれ、という意味ではないのです。仕事に対して真面目に取り組む気質の強い日本人には、なかなか理解しがたい提案なのかもしれません。
しかし、堀さんは「関数としての仕事」という考えを披露されています。20の力量をもっていない人は、すべて出し切っても20だけれども、40の力量のある人は6割で仕事をしても24の仕事ぶりを発揮することになります。
実は僕の言う〈6割主義〉には、仕事を6割でやりながら、結果として得た時間的な余裕と精神的な余裕を地力を高めることに費やさなければならないという裏の含意があるのだ。目の前の仕事に追われ、それを〈10割主義〉で片付けているだけではなかなか地力は高まらない。それは日常に埋没することを意味するだけだ。(98ページ)
私が本書を読んで最も勉強になったのは、この箇所です。
4. 同業者以外の考えから学ぶべし
教師の世界では、昔から教師以外の理論や実践からしか学ばないという悪弊があると堀さんは言います(112ページ)。「教育書以外の本を読んでいるのだろうか」という疑いを堀さんはもっておられます(114ページ)。
しかし、子どもも保護者も実社会に生きています。もちろん、学校は特別な場所、重要な場所ですが、教師が閉じられた世界に生きているだけでは、子どもや保護者への説得力は弱いものになる。このことを意識しているかどうかは、教師の力量を高めるうえで鍵になるのではないかと感じました。
日本の教員は多忙だと聞きます。日々の仕事をこなしながら、幅広い教養を身につけて力量を高めていくのは、とてもたいへんだと思います。ただ、堀さんは中学教師の立場から、あえて同業の教師たちに苦言を呈しているように思いました。そして、上機嫌で、6割で、という本書の提言は教師たちにとってもよい未来像の提言だと思いました。