意外とむずかしい! 丸いケーキを3等分できますか?

宮口幸治 著『ケーキの切れない非行少年たち』
(新潮社、2019年)

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2020年にベストセラーを記録した本

 この本は人から紹介されて手にとってみましたが、まず本の題名にある「ケーキの切れない」と「非行少年たち」がどう関係しているのか疑問でした。ただ、表紙の帯部分には「2020年ベストセラー」「オリコン新書部門、トーハン新書・ノンフィクション部門、日販新書・ノンフィクション部門1位」「70万部突破!」の文字が並び評判の高さが伝わってきました。

ケーキの分け方にも不平等がある

 本書は児童精神科医、宮口幸治氏が医療少年院での勤務経験をもとに書かれました。本の題名となっている「ケーキの切れない」と「非行少年たち」の関係は第2章で解説されます。宮口氏は医療少年院で何人かの非行少年たちに「丸いケーキを3人で平等に食べるとしたらどうやって切りますか?」という問題を出したところ、多くの非行少年が丸いケーキを3等分に切れないことに驚いたというエピソードが語られます(32ページ)。正解は「ベンツのマーク」のように切る、つまり、まず側面から円の中心まで縦にナイフを入れ、次にその線から120度の角度の線を引くように切り、最後にその線から120度の角度でもう1本縦にナイフを入れる、というものです。非行少年たちのパターンは①最初に縦半分に切り、次に半円部分を横半分に切る(→ケーキは2:1:1に切れて3等分ではない)、②縦半分に切った後、横半分に切る(→4等分に切れる)、などです。宮口氏はこのエピソードに加えて、非行少年たちの多くは計算ができない、漢字が読めない、計画が立てられない、とも述べています(35ページ)。

認知機能の弱さという特徴


 第3章では非行少年に共通する特徴が述べられています。それは①見たり聞いたり想像する力が弱い(認知機能の弱さ)、②すぐにキレる(感情統制の弱さ)、③何でも思いつきでやってしまう(融通の利かなさ)、④自信があり過ぎる、なさ過ぎる(不適切な自己評価)、⑤人とのコミュニケーションが苦手(対人スキルの乏しさ)、⑥身体の使い方が不器用(身体的不器用さ)とまとめられています。
 宮口氏は、このような特徴をもつ非行少年たちに「犯罪への反省」は期待できないとし「これまでどれだけ多くの挫折を経験してきたことか、そしてこの社会がどれだけ生きにくかったことかも分かる」と述べています(35ページ)。宮口氏は本書第7章で①~⑦に対処するため特に認知機能(にんちきのう)の向上を目指す具体的なトレーニング法を提唱しています。例えば、点と点で結ばれた見本にある図形を下の枠に写すトレーニングや、出題者が読み上げる3つの文章の最初の単語を覚えながら、動物の名前が出たら手を叩くことで先生の話をしっかり聞く力をつけるトレーニングなどです(161ページ)。これらの認知機能(にんちきのう)強化トレーニングは医療少年院で開発され、一定の効果がすでに得られているということです。これらを学校の朝の会に取り入れることを宮口氏は提言しています(166ページ)。

いじめや虐待から非行へ


本書を通して宮口氏が繰り返し強調しているのは「被害者が加害者になる」という負の連鎖です。非行少年たちは上記の①~⑦のような弱さを抱えているが学校や社会でそれが気づかれないために、成功体験が少なく自信がもてなかったり、不適切な投薬治療を受けたりし、さらにはイジメ被害を受けたうえで非行への走っているケースが多いと宮口氏は述べています(84ページ、119ページ)。少年院在院者の約半数の子どもには虐待の被害体験があったそうです(178ページ)。本書を読む以前には、これらのことは知らないことばかりでした。

犯罪という損失

 本書は医療少年院での勤務経験をもとに説得力ある指摘が豊富に展開されていました。最後にもう1つ本書の内容を紹介すると、刑務所にいる受刑者を1人養うのに、施設運営費や人件費を含めると年間約300万円かかるそうです(179ページ)。逆に1人の平均的な納税者は大雑把には100万円程度で、犯罪者を納税者に変えることは400万円の経済効果が見込まれます。刑事施設の収容人員は2017年末時点で5万6000人なので単純計算で年間2240億円の損失。ここには被害者の損失額は入っていません。犯罪や非行問題のニュースに接する時、このような社会的損失のことを想起していきたいと思いました。

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