水木しげるは戦地ラバウルで何を体験したのか?

水木しげる 著『総員玉砕せよ!』
(講談社、1995年)

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戦記ものを熱心に描いていた

 水木しげるさんが戦争で片腕を失った漫画家だというのは知っていましたが、本書『総員玉砕せよ!』については水木さんが亡くなった2015年まで知りませんでした。亡くなった際の新聞の特集記事で本書を知りました。水木さんは有名な『ゲゲゲの鬼太郎』などの妖怪もののほかに、戦記ものを熱心に描いていたということに興味を持ちましたので本書を読んでみました。

「地獄の日々」

 本書の著者、水木しげるさんは第二次世界大戦を経験した漫画家です。徴兵されて太平洋の戦地ニューブリテン島のラバウルというところに出征(しゅっせい)した時の経験を漫画にしたのが本書です。戦争経験を含めた水木さんの経歴については以前紹介した『水木サンの幸福論』の第2部「私の履歴書」に詳しく記されています。水木さんは1943年(昭和18年)の年末に船で前線に送られましたが、すでに日本は敗戦濃厚だった時期のようで、補給も受けられず、風土病のようになっていた高熱の伝染病マラリアの恐怖もあって「地獄の日々」だったそうです。

日常的にビンタ

 私たち戦後世代は戦争についての実感がわかないのですが、水木さんの漫画から伝わってくるものはとても大きいと感じます。本書『総員玉砕せよ!』は水木さんが戦地ラバウルに到着してから所属する隊が玉砕(ぎょくさい)を命じられ、水木さんが生き残るまでの様子が13の節に分かれて描かれています。どの節も戦争の悲惨な現実を伝える内容となっていますが、水木さんの意図として軍隊という集団のおかしさや不条理さをさらけ出すということがあったのではないかと私は感じました。たとえば、「重労働とビンタ」という節。水木さんたち新兵は、上司である軍曹(ぐんそう)から朝から晩まで何回も殴られます。握りこぶしの「グー」ではなく、手のひらを開いた「パー」で殴るビンタで殴るのが特徴的です。新兵に怪我をさせないように、という一応の配慮があるのでしょうが、しかし、あまりにも殴る回数が多いので読んでいて気分が悪くなります。水木さんは本書の「あとがき」で「軍隊で兵隊と靴下は消耗品(しょうもうひん)といわれ、兵隊は“猫”位にしか考えられていないのです」と述べています(356ページ)。
また、「小指」と題された節では、小隊の一人が移動中に敵に撃たれ、まだ生きていたのですが、小隊長は撃たれた兵士の小指を切断して「遺骨」を作って、その兵士を置き去りにする場面が描かれています(87ページ)。あまりに酷(ひど)いと思いましたが、これも戦争の現実なのかも知れないと思いました。

玉砕という作戦は不要だった


 辞書をひくと「玉砕」とは、名誉、忠節などを守って潔(いさぎよ)く死ぬこと、と説明されています。水木さんの部隊は、隊長から「玉砕」を命令され、無謀(むぼう)な攻撃を敵に仕掛けてほぼ全員が死にますが、水木さんは運良く生き残ることができました。そして、命からがら日本の別の部隊に収容されますが、そのとき、収容した部隊の司令官は「あの場所をなぜ、そうまでにして守らねばならなかったのか」と述べたそうです(356ページ)。つまり、「玉砕」などする必要はなく、撤退(てったい)すればよかったのです。水木さんたちの命はそれほどまでに粗末に扱われていたのです。水木さんは、隊員の同意なしに、隊長の命令だけでは「玉砕は成立しないと僕は思う」と述べています。軍隊という組織のあり方に対する水木さんの怒りが表現されている部分で、本書の中でとても重要な部分だと思いました。
 2022年2月にロシアがウクライナに侵攻し、戦地となったウクライナ市街の様子が連日のように報道されています。本書『総員玉砕せよ!』に描かれた戦争や軍隊の様子とウクライナ侵攻の様子を重なって見えてしまいます。無惨(むざん)なことが繰り返されているなと感じます。本当に世界の平和を願います。

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