村上春樹さんが自らの作家生活を公開した1冊!

村上春樹 著『職業としての小説家』
(新潮社、2016年)

 村上春樹さんの小説は『1Q84』という長編を読んだことがありました。また、高校の時『ノルウェイの森』が爆発的に売れていた記憶があり、最近でも毎年のように「ノーベル文学賞を受賞するのか?」と騒がれる世界的な作家だと思います。その村上さんがエッセイのかたちで小説を書くという仕事のことを書いたのが本書です。どんなことが述べられているのかとても興味がありました。
 本書には村上春樹さんがまだ駆け出しの小説家になりたての頃から35年以上にわたる自身の作家活動を振り返った一種の自伝的エッセイで、全体としては読者への感謝を述べるとともに、作家を目指す若い人にエールを送った本だと思いました。小説を書くコツ、小説家として仕事を続けるコツも述べられていて、とても興味深かったです。

1. 小説家には基礎体力が必要

 特に小説を書くことを「どこまでの個人的でフィジカルな営み」だとしているところがとても重要だと思いました。村上さんが毎日ランニングをしているというのは以前から聞いたことがありました。本書にも毎日1時間程度走っていると書かれています(188ページ)。しかも、30年以上にわたってランニングをしており、1年に1度はフル・マラソンを走り、トライアスロンにも出場した経験があるそうです。これは私がもっていた「作家」のイメージを大きく変えてしまうほど、驚きました。私の「作家」「小説家」のイメージは夏目漱石や太宰治のような、どこか病弱なイメージが強いものでしたが、これは明治・大正の頃の作家像なのかもしれません。そういえば、三島由紀夫さんのように筋肉を鍛えた作家もいましたものね。
 村上さんは、作家には基礎体力が必要だということを具体的に次のように述べています。

しかし実際に自分でやってみれば、おそらくおわかりになると思うのですが、毎日5時間か6時間、机の上のコンピュータ・スクリーンの前に(もちろん蜜柑箱の上の400字詰原稿用紙の前だって、ちっともかまわないわけすが)1人きりで座って、意識を集中し、物語を立ち上げていくためには、並大抵ではない体力が必要です。(187ページ)

 これには「なるほど」と思いました。

2. 毎日4~5時間、原稿用紙10枚書く

 村上さんは有名人ですが、テレビなどのメディアにはあまり出演しない印象がありますが、本書には村上さんの執筆生活がある程度公開されていてとても良かったです。「朝早く起きてコーヒーを温め、4時間か5時間、机に向かいます。」(155ページ)というのが執筆のペースのようです。
 1日400字詰原稿用紙だと10枚、マックのコンピュータの画面で2枚半だそうです。これを1ヶ月続ければ300枚となり、半年で1800枚となる。村上さんの『海辺のカフカ』という作品が1800枚だったそうです。私はまだ読んでいませんが、書店で見かけたことはあります。「あれを半年かけて書いたのか」と思うと、たいへんなお仕事だなと思いました。

3. 小説を書く準備

 村上さんは「小説家になろうという人にとって重要なこと」として「とりあえず本をたくさん読むこと」だと述べています(120ページ)。これは「実にありきたりな答えで申し訳ない」とも言っています。たくさんの優れた文章に出会い、ときには優れていない文章に出会うことを若いうちに済ませる。これが第1ステップです。
 次に、自分が目にする事物や事象を、子細に観察する習慣をつけることが第2ステップで、最後に第3ステップとして、実際に手を動かして文章を書くという順番になるということです。村上さんは、観察したことを「脳内キャビネット」に保管しておいて、必要に応じて小説の中にそのまま組み入れると、「そこにある物語が自分でも驚くくらいナチュラルに、生き生きしてきます」と述べています(127ページ)。そういえば、数年前に読んだ『1Q84』でも、そういう描写がたくさんあったなと場面を思い出しました。

4. いったん書き終えて、「ごりごり書き直す」

 村上さんは、1日4~5時間かけて、原稿を書いた後、だいたい1週間ぐらい休んで、原稿を「ごりごり書き直す」そうです(156ページ)。村上さんの場合、最初にプランを立てるわけでもなく、思いつくままに物語を進めていくので、結果的に矛盾する箇所や筋の通らない箇所がたくさん出てくるそうです。登場人物の設定や性格、時間の設定など食い違っている箇所を調整して筋の通った物語にする。その過程でかなりの分量を削ったり、膨らませたり、新しいエピソードを付け加えたりします。その書き直しに1ヶ月から2ヶ月かかり、また1週間ぐらいの休みを挟んで2回目の書き直し、ということで、1つの長編小説には1年から2年かかるということが分かりました。

5. 海外に拠点を置く

 村上さんは、アメリカを中心とした海外に拠点を置いて執筆されています。海外のほうが執筆に集中できるということですし、自分の作品に対する批評がとても厳しい場合、どうしても気になってしまうということもあるようです。
 本書には村上さんが海外進出するにあたって、文芸エージェントや出版社と交渉しながら、長い年月をかけて海外でのセールスを伸ばしていった様子も書かれていました(297ページ)。村上さんの作品は、日本語で書かれて高い評価を受けて海外で翻訳されるようになったという単純な経過を辿ったわけではないようです。そもそも若手作家の頃から自分の文章を英訳して、それを日本語に訳すという手法も取り入れています(53ページ)。また、英語で描かれた海外の作品を翻訳することも35年以上にわたって続けているそうです(11ページ)。そして、アメリカの無名の翻訳家から村上さんの作品を翻訳したいという打診を受けて、その翻訳家と親交を続けていることなども本書に書かれています(318ページ)。
 そして今では50カ国語以上に翻訳されているそうですが、このあたりの村上さんの努力は本書を読むまで知りませんでしたし、感服しました。


 村上春樹さんの短編小説を原作とした映画『ドライブ・マイ・カー』がアカデミー賞の国際長編映画賞を受賞したことが大きく報道されました。3時間ぐらいの長い映画のようで、私はまだ観ていませんが、近いうちに観てみたいと思いました。

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