「サタン」「デーモン」「デビル」に違いはあるの?

山形孝夫 著『読む聖書事典』
(筑摩書房、2015年)

 以前、山形孝夫さんの『治癒神イエスの誕生』を読んでとても勉強になりました。特に聖書の中でイエス・キリストが病気を治(なお)す物語の解説のところがとても興味深かったです。今回は山形さんの『読む聖書事典』を読んで、キリスト教文化についてさらに学んでみたいと思いました。
 本書の著者、山形孝夫さんは宗教人類学を専門とする研究者です。本書は、人名や地名を中心に聖書のキーワードを選んで解説した本です。

「苦難」がキーワード


 本書の中で私が最も興味深く読めたのは「苦難」というキーワードについての解説です。英語ではSufferingと言います。聖書では「苦難」が人にふりかかる時、それを「神の試練」を捉えるのだそうです。旧約聖書の中のヨブ記が代表的な「苦難」の物語だそうです。
 私が面白いと思ったのは、山形さんが、キリスト教と仏教を比較しながら「苦難」を解説している点です。キリスト教はすべての「苦難」を「人間に対する神の試練」、言い換えると「神による愛の鞭(むち)」と捉えて、「苦難」の背後にある神の愛をしっかりみきわめ、神への服従を徹底させるほかはないと考える。極端な場合、すべての災難、病気、死でさえも神の愛のしるしと考える傾向があるのがキリスト教だと山形さんは解説します。

仏教とキリスト教を比較

 これに対して、仏教は「苦難」それ自体が実は「空(くう)」であることをさとることで「苦難」から脱出しようとする傾向が強い。仏教では「苦難」の代表は四苦八苦(しくはっく)と呼ばれ、これらは「煩悩(ぼんのう)」でもありますが、すべての「煩悩」は「空」にすぎないことをさとれば、「苦難」の多い世界がそのまま浄土となると考えます。山形さんは、この「苦難」に対する考え方の違いが2つの宗教圏の人びとの「人生をいかに生きるかの覚悟と決意」の違いだと指摘しています(112ページ)。2つの宗教圏に人びとの基本的な考え方に違いは興味深いものですし、それぞれの方法で「苦難」に対処しようとしてきたのだなと思いました。

「悪魔」のイメージ

 次に興味をもったのは、「悪魔・悪霊」という項目です。この言葉には英語で3つSatan, Demon, Devilが付記されていて、基本的には同じものなのだと分かりました。昔から「デーモン小暮閣下」(歌手、タレント)や「ブラックデビル」(TV番組「俺たちひょうきん族」で明石家さんまさんが演じたキャラクター)、「デビル雅美」(女子プロレスラー)とう名前に親しんできたもので、「デーモン」も「デビル」も同じく「悪魔」なのだと分かり、すっきりしました。そういえば、みんな顔が青白くて、目元や口元を黒く塗るメイクをしていましたね。

「もう1つのマスク」

 ただし、旧約聖書ではサタンは神がもっている「もう一つのマスク」という性質があるそうです。神は「恵みぶかい愛のマスク」をもつ一方で、もう一方では、底しれぬ敵意を秘めた「怒りの神」のマスクをもっていて、古代イスラエルでは、この「怒りの神」が「サタン」と呼ばれるようになったのだそうです(17ページ)。ヘブル語(ヘブライ語)で「サタン」は「反対する」とか「妨害する」といった意味だったそうで、それがギリシア語に訳されて「敵対者」という意味の「ディアボロス」となり、英語では「悪魔」という意味をもつ「デビル」となったという語源が本書には書かれていました。
 「サタン」という項目を読むと、「デーモン」は「悪霊」の意味で、元来はサタンとは別の存在だったのですが、聖書ではしばしば混同されているのだそうです(129ページ)。
 そして、新約聖書のマタイの福音書にはサタンがイエスを40日にわたって誘惑しましたが、イエスは「サタンよ、退け。わたしはお前を拝まない。」と言って誘惑を断ち切ると、天使が来てイエスに仕(つか)えたという話があるそうです。キリスト教文化を理解するうえで、とても重要な話なのだと思いました。

西洋画の鑑賞にも

 本書は聖書のキーワードを学べるだけでなく、それに関連した西洋の絵画もたくさん掲載されていて楽しめます。ルーブル美術館に所蔵されているラファエロの「悪魔を征服する聖ミカエル」は、聖ミカエルが悪魔を踏みつけています。悪魔はうつぶせになっていて顔を確かめることができませんが、悪魔がどんな顔をしていたのか見てみたい気がしました。
 西洋には聖書を題材にした宗教画がたくさんありますので、本書で解説されている人物や悪魔・悪霊がどのような姿で描かれているのかに注目して絵画鑑賞してみたいと思いました。

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