近代医療をはみ出す「癒し」文化

鈴木七美 著『癒しの歴史人類学 ――ハーブと水のシンボリズムへ』

(世界思想社、2002年)

ミントの繁殖力には驚いた

 晴れた日の午後に紅茶を飲みながら、ほっと一息つくのはいいものですね。ミントやカモミールなどのハーブティーも美味しいと思います。そういえば、庭に植えていたミントの繁殖力があまりに強いのに驚いたことがありました。植物から得られる「癒(いや)し」について興味があったので本書を読んでみました。
 

 本書の著者、鈴木七美さんは歴史人類学・医療人類学を専門とする研究者です。本書は、現代社会で「癒し」がブームのように求められる現象に焦点をあてながら、人間にとっての「癒し」は病院などの近代医療だけでは足りず、さまざまな健康改革運動(ヘルス・リフォーム・ムーブメント)が世界各地で試みられていたことを詳しく論じています。ハーブなどの植物の健康効果への期待も、そうした健康改革運動のなかに入っていました。私は、ヴァージニア・スミスさんの『清潔の歴史』を想起しました。スミスさんは菜食主義者(ベジタリアン)や薬草学者など「民間生理学(ポピュラー・フィジオロジー)」として紹介していました。このスミスさんのいう「民間生理学(ポピュラー・フィジオロジー)」は鈴木さんのいう健康改革運動に近いと思いました。

植物治療はアメリカで支持された

 鈴木さんの『癒しの歴史人類学』を読んで最も勉強になったのは、第5章で検討されていた植物治療運動でした。これは19世紀前半のアメリカでとても流行した健康改革運動だそうです。最盛期には人口の5分の3の支持を集めたそうで(160ページ)驚きました。この運動のリーダーはサミュエル・トムソンという農夫です。彼はアメリカに自生しているハーブこそがアメリカ人を癒すという考えをもち、ハーブを用いて食物の消化を促進したり、ハーブを吐剤や下剤のように用いて消化器官の負担を軽くしたりという独自の理論を書物や雑誌で主張したのだそうです。彼の健康理論はいわば「医食同源」の考えに基づくものでした。彼の健康理論は専門的な近代医療が確立されていくのとほぼ同じ時期のアメリカ人に、もうひとつの選択肢を与えるものとして支持を集めました。

家庭医学書に薬用植物の解説が

 そして、植物治療運動の影響は19世紀後半の1,000ページを超える厚さの家庭医学書にも影響を与えていたことも興味深かったです。この家庭医学書には数100種類の薬用植物の解説があったのだそうです(169ページ)。この家庭医学書の著者はジョン・C・ガンですが、彼は身体の健康だけでなく精神の健康の問題も取りあげて、薬用植物による癒しの効果を論じていました。ハーブティーを飲んで「癒される」という感覚を、この時代の人々も感じていたのかなと想像してしまいました。

水や温泉による治療

 本書には、このような植物治療運動の他にも、水治療運動も紹介されていて勉強になりました。水治療は「ハイドロパシー」と呼ばれたそうです。「ハイドロパシー」の発祥はオーストリアで、1840年代にアメリカに移入されたそうです(176ページ)。その内容は、体によい水を飲むことや水浴、温泉浴などが主なものです。人間の自然状態は健康だと考え(178ページ)、水によって自然状態を回復することが可能だとするとことに特徴があるように思いました。そして、この水治療運動を支持する人々はしばしばベジタリアン(菜食主義者)だったそうです(183ページ)。水と植物はともに人間の自然状態を回復する力をもっているという考えが強まったのがアメリカの19世紀半ば頃の特徴だったのかなと思いました。


 私はベジタリアンではありませんが、米、小麦、果物、野菜、茶、コーヒーに加えてハーブも植物に由来するもので、さまざまな恩恵を与えてくれていることに気付きました。本書を読んで植物のもつ力については今までより注目していきたいと思いました。本書を読むと、病院だけではない医療や癒しが求められた時代や社会があったことが分かるので是非おススメします。

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