「宮崎駿=SF」という時代も!? ジブリの人間模様はまるで「大河ドラマ」
鈴木敏夫 責任編集『スタジオジブリ物語』
(集英社、2023年)
多くの人と同じようにトトロや千と千尋など以前からスタジオジブリ制作のアニメを観てきました。そして、2023年には宮崎駿監督が10年ぶりに製作した長編アニメの『君たちはどう生きるか』が公開されて、それも映画館で鑑賞しました。作品を観た後で映画制作の裏側の事情などが書かれた本を読むと、理解が深まるのでよいと思うので、ときどき読むようにしています。今回は本書を読んでみました。
本書の著者、鈴木敏夫さんはスタジオジブリの代表取締役プロデューサーです。宮崎駿監督とのコンビは有名で、長年にわたってジブリ作品の制作や宣伝に携わってきました。1984年以降のスタジオジブリの映画制作の背景事情が、本書には盛りだくさんに書かれています。その中から今回は特に興味深いと感じた以下の3点を取り上げたいと思います。
1. トトロ以前は「宮崎駿=SF」というイメージ
『となりのトトロ』は今ではジブリの代表作だと思います。ジブリ作品が映画館やテレビで放送されるときにはトトロの絵の下にスタジオジブリと書かれたマークが映し出されます。『君たちはどう生きるか』を映画館で観たときもそうでした。
ところが、『トトロ』制作の企画段階ではジブリの親会社の徳間書店が難色を示したと本書に記されています(48ページ)。その理由は、『ナウシカ』と『ラピュタ』を作った宮崎監督のイメージが当時はSF活劇を作る監督というものだったからなのだそうです。加えて、トトロは地味に見えたからだそうです。これは私にとって意外でした。
たしかに宮崎さんは、その後も『紅の豚』や『風立ちぬ』でも飛行機が飛ぶ場面を多く描いていますので、『ナウシカ』『ラピュタ』の路線も継続されています。でも、『トトロ』以降はSF色が薄くなったという意味では大きく路線変更されたのかもしれないなと思いました。
2. スタジオジブリはあえて中小企業になる道を選択
2005年にスタジオジブリは徳間書店から独立しますが、その際に海外の企業から3000億円で株式買い取りを提案されたそうです。社内にはこれを前向きに捉える人もいたそうですが、社長であった鈴木敏夫さんはそれを断り、資本金1000万円の中小企業にする決定をしました(313ページ)。私は本書を読むまでこのことを知りませんでした。
鈴木さんの考えはこうです。株を外部の企業に所有されると株主の利益のために忙しく働き続ける会社にならざるを得なくなる。でも、ジブリは小回りの利く中小企業として、不要な成長や拡大を目指さない。自分たちが作りたい映画を作り続けるという経営方針がこのとき確立されました。そして、独立からの半年間を社員の休養にあてたというエピソードも紹介されていました。
3. 宮崎は鈴木の反対を押し切って「引退宣言」を撤回
宮崎駿さんは2013年に長編映画の監督からの引退を宣言しました。高齢のためです。私もその記者会見を観ました。それを撤回しての『君たちはどう生きるか』の制作です。鈴木さんは「晩節を汚す」ことを心配して、「引退宣言」撤回に反対したそうです(510ページ)。この点も、私は本書を読むまで知りませんでした。
鈴木さんの反対に対して宮崎さんは「絵コンテを20分ぶん描くから、それで判断してほしい」と言ったそうです。そして、迷った挙句にGoサインを出した鈴木さんの前で宮崎さんは「跳び上がらんばかりに喜んでいました」とのことです。そして「本当は『絵コンテを描く』って言い始めた時点でもう、抑えは効かなかったんですよね。」とも。
宮崎さんの熱意に押し切られた格好で『君たちはどう生きるか』の製作が始まったことが分かりました。本書は、こういう映画制作の背景事情が分かる本です。