「共通テスト」導入には紆余曲折ありました

紅野謙介 著『国語教育の危機――大学入学共通テストと新学習指導要領』
(筑摩書房、2018年)

 

 2021年度から大学入試センター試験が大学入学共通テストに変わりました。センター試験はマークシート式でしたが、共通テストに変わる際に国語と数学に記述式の問題が導入される計画でしたが結局は導入されませんでした。英語に英検やTOEICなどの民間試験が活用される計画でしたが結局は導入されませんでした。当初の計画に不備や無理があったということだと思いますが、多くの受験生を混乱させたのはとても残念に思いました。どのような不備や無理があったのか、その舞台裏についてもっと知りたいと思い、本書を手にとってみました。

プレテストを分析してみると

 本書の著者、紅野(こうの)謙介(けんすけ)さんは日本近代文学の研究者で、高校用の国語教科書の編集にも携わった経験があります。紅野さんは本書で「この改革が獲得目標としたはずの『国語』を介した思考力・表現力・判断力をつけることにならないのではないか」という疑問を提示しています(14ページ)。
 2017年11月に大学入学共通テストを想定した「試行調査(プレテスト)」が行われました。紅野さんは、このプレテストの国語の問題を分析しています。センター試験の国語の問題と比較した場合、現代文の問題では、文章に加えて表、図、写真を組み合わせた「複合型」の設問となっていることが特徴です(121ページ)。これは「情報を多面的・多角的に精査し構造化する力」を問うことを目指したものとしていると考えられるのですが、問題作成者にとって、これに関連する問題文を探し、設問を作成するのはとてもハードルが高いと紅野さんは言います(122ページ)。国語の制限時間80分以内で現代文、古文、漢文が含まれるとなると受験生が現代文1問にかけることができるのは15分ぐらいでしょうか。この時間で解くことができるような長さの文章で、内容面が適切で、しかも、表、図、写真などの情報が組み合わせられている箇所を探すというのはとても困難なのだと推測します。

問題作成側の苦労がにじみ出て

 紅野さんはプレテストの現代文の問題文が7年前の学術評論から採られていることに着目しています(200ページ)。アカデミックな世界では7年も経(た)つと学問的な新鮮さは失われまし、7年の間に他の入試問題や予備校の模擬試験で使われた可能性があるために、問題作成者はまず新しい文章を探すのが常道だそうです。それにもかかわらず、7年前の文章を採用しているところに、問題作成者が問題文探しで相当に苦労したことが表れていると紅野さんは述べています。結果として、このプレテストの問題は趣旨(しゅし)が分かりにくい稚拙(ちせつ)なものだったというのが紅野さんの評価です(211ページ)。

PISA調査に近づけたいけれど

 このような大学入学共通テストの国語の作問の方向性は、3年ごとに行われている「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)」という国際調査で、日本の生徒が好ましい順位をとれていないことに対して文科省などの教育関係者がショックを受けたところから始まっています(109ページ)。PISA調査の国語の設問について、紅野さんは読解力や想像力を問う優(すぐ)れた設問だと評価しています(112ページ)。しかし、大学入学共通テストの国語の作問はPISA調査のレベルには達していないということだと思います。

古文軽視の流れ加速か

 また、大学入学共通テストのスタートは学習指導要領の改訂と一体となって行われていますが、今後は高校のカリキュラムで「古文軽視」の傾向が進む可能性を紅野さんは指摘しています(108ページ)。

受験生が振り回される

 大学入学共通テストが導入された背後に、国語の問題作成者の大きな苦労があることが本書を読んで分かりました。国語の教科書の編集や大学入試の問題作成に実際に関わっている紅野さんだからこその指摘が随所(ずいしょ)にみられて面白く読めました。
 大学入試は大きなライフイベントですので、しっかりとした制度設計をしたうえで改革をスタートさせてほしいと強く思います。ここ数年間、受験生は混乱し振り回されてしまい、とても残念に思います。今後も、大学入学共通テストの改革に注目していきたいと思います。

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