手塚治虫にも影響を与えたドーミエ風刺画(カリカチュア)の世界!
石子順 著『ドーミエの風刺世界 ―― 現代漫画の源流』
(新日本出版社、1994年)
手塚治虫はドーミエを高く評価
かなり以前ですが、ドーミエという画家の描いた絵が何かの本の表紙になっているのを観て作風が独特で面白いなと感じたことがありました。最近になってドーミエの作品や生涯について解説した本書を見つけて読んでみました。
オノレ・ドーミエは19世紀フランスの画家で、主に風刺画(ふうしが)(カリカチュア)というジャンルで活躍しました。
本書の著者、石子順さんは漫画評論家です。本書の「プロローグ」に書かれていることですが、石子さんが漫画家の手塚治虫さんと対談した際、手塚さんがドーミエを高く評価していたことが印象に残っていたそうです。手塚さんはドーミエの作品に流れる「風刺(ふうし)」の精神に共鳴していました。「風刺」とは「遠回しに社会・人物などの欠陥や罪悪を描くこと」です。そういえば、私の好きな手塚作品である『アドルフに告ぐ』はヒトラーによるユダヤ人大虐殺を直接的に批判していましたが、同時にヒトラー体制のもとで出世を考えたり、些細な秘密を守るために重大な犯罪をしたりするたくさんの人々の精神を遠回しに風刺していたように思いました。
国王と金融貴族を風刺して
さて、本書に紹介されているドーミエ作品の中では「ガルガンチュア」という作品(1830年)が特に印象に残りました。この絵は、国王の口にどんどん運ばれていく金貨や財産が民衆の血と汗の産物であることを表現するのと同時に、国王の尻からの排泄物に金融貴族たちが群がって利権を得ている様子を一枚の絵に表現したものです。国王の大食いと排泄というタブーの部分を描いたことでドーミエは罰せられ投獄されてしまいました(26ページ)。
しかし、それでもドーミエは刑期を終えた後も風刺画を描き続けました。1842年の「徴兵検査」という作品も面白いと思いました。徴兵検査を受ける若者たちの体は骨と皮のように痩(や)せているのとは対照的に、検査官や軍人の体格はよくて堂々としています(153ページ)。兵隊に入れば良い食物にありつけるので、若者が徴兵検査に集まることを風刺したのではないかと思いました。
乗合馬車はインフルエンザが心配!?
「感冒流行期の乗合馬車」という作品も味わいがありました。19世紀フランスの庶民の交通手段はまだ馬車だったということに少し驚きましたが、絵の一番奥のところで車掌が苦しそうに洟(はな)をかんでいて、いつうつされるかと心配そうな乗客が神妙(しんみょう)な面持(おもも)ちで座っている様子がよく分かります(184ページ)。
石子さんは、ドーミエの功績を次のようにまとめています。
・ドーミエは、カリカチュア(風刺画)を芸術に高めた。
・カリカチュアにニュース性、情報性をもたらした。
・カリカチュアで戦争と平和を描いた。
・カリカチュアは人間・社会観察力を高めた。
・カリカチュアの笑い、ユーモア、機知(きち)をみさせた。
・カリカチュアの近代化を達成させた。人権意識、社会意識、平和意識をもりこみ、社会全体に進歩的役割を果たした。
また、石子さんは、ドーミエが確立したカリカチュア(風刺画)が現代の政治・風俗1コマ漫画の源流となっているとも指摘しています(232ページ)。たしかに、今の日本の新聞にも政治・社会の重要なトピックについての1コマ漫画のような絵がよく掲載されています。石子さんのドーミエ評価は、とてもは納得できると私は思います。
ドーミエのカリカチュア(風刺画)については岩波文庫の『ドーミエ諷刺画の世界』(喜安朗責任編集)という本もあるということが分かりましたので、こちらの本も読んでみたいと思います。