江戸時代の健康法を現代語で

貝原益軒 著『養生訓』
(講談社、1982年)

 江戸時代に健康法を説いた貝原益軒という人は有名ですが、実際にどんなことを述べた人なのかというのはあまり知りませんでした。以前、永山久夫さんの『長寿食事典』を読んだ時、貝原益軒のことが何か所かで触れられていましたので、よい機会と思い本書『養生訓』を読んでみました。
 本書の著者、貝原益軒は江戸時代初期の思想家(儒学者)で、彼が83歳の時に健康法について書いたのが『養生訓』です。彼自身が85歳まで長生きしたことが『養生訓』の内容の説得力をもたせています。そして、本書は原文と現代語訳が掲載されているので読みやすいのがうれしいポイントです。

東洋医学は「未病」を重視する

 本書を読んで、まず気付いたのは、貝原益軒の『養生訓』は西洋医学ではなく、東洋(漢方)医学の影響が大きいということです。江戸時代初期に書かれたということで当然なのかもしれませんが、中国の古い文献の引用が多く出てきます。たとえば孟子(もうし)、孫子(そんし)、白(はく)楽天(らくてん)などの言葉が引用されています(52~56ページ)。
 そして、これも漢方医学の言葉だと思いますが益軒は「未病(みびょう)」という考え方の重要性を説いていることが印象に残りました。「未病」とははっきりした病気になる以前の軽微な予兆がみられる状態のことです。益軒は次のように述べています。

「病気になると、それ自身の苦痛だけでなく、痛い針で身をさし、熱い灸で身をやき、にがい薬を飲み、食べたいものをたべず、飲みたいものものまないで、身を苦しめ、心を傷つける。病気でないときに、予防的に養生をすれば病気にはならないで、目に見えない大きな幸せになるのである。」(54ページ)

 これは「なるほど」と思いました。たしかに、病気にならないことは「目に見えない大きな幸せ」です。
 

健康を害するものは自分の内と外から

では、病気にならないためにはどうしたらよいのか。これについて益軒は「養生の道は気ままをおさえて、もっぱら慎(つつし)むことである。」と述べています(55ページ)。また、「内から生ずる欲望をこらえて少なくし、外部からくる邪気(じゃき)を恐れて防(ふせ)ぐことができれば、たえず健康(けんこう)で元気はつらつとして、病気(びょうき)にかからず天寿(てんじゅ)を全(まっと)うすることができよう」(32ページ)とも述べています。自分の内側と外側の両側に健康を害する要素があるというところに益軒の知恵を感じました。

七情と天の四気

 そして、「内から生ずる欲望」の内容ですが、それは「七情」と呼ばれる喜(よろこび)・怒(いかり)・憂(うれい)・思(おもい)・悲(かなしみ)・恐(おそれ)・驚(おどろき)や飲食(いんしょく)の欲(よく)、好色(こうしょく)の欲(よく)、眠(ねむ)りの欲、言語(げんご)をほしいままにする欲が代表的なものです(31ページ)。また、「外部からくる邪気(じゃき)」とは風(かぜ)・寒(さむさ)・暑(あつさ)・湿(しめり)という「天の四気」です(31ページ)。
 本書を読んで、益軒の述べていることの全体像を示していると思ったのは次の箇所です。

「欲(よく)をおさえ、心を平静(へいせい)にし、気をやわらげ、物事に動ぜずして騒がず、心はたえず平和で安楽でなければならない。憂い苦しんではだめだ。
 これがすなわち、内欲をこらえて元気を養う道である。またこうした心がけが、風・寒・暑・湿の外邪に勝つ力となる。」(32~33ページ)。

心の平静

 たしかに、これは大事な考え方だと思いました。しかし、心を平静にすることがなかなか難しいということも事実ではないかとも思いました。たとえば「怒(いかり)」を慎(つつし)むこと。これは本当に難しいので現代でも「アンガー・マネジメント」という方法が提唱されているのではないかと思いました。心を平静にすることは重要だけれども難しい。そして、難しいけれども重要。両方の側面があると思いました。


 本書『養生訓』には、益軒の80年以上にわたる長い人生経験の知恵が詰まっていると思いました。それゆえに題名も一見、高齢者向けで、現代の若い読者には受け入れにくいかもしれないと思いましたが、幕末・明治以後に西洋医学が主流になる以前の東洋的な健康法を知ることができるという意味では貴重な本だと思いました。そのような興味のある方には是非おススメします。

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