東野圭吾『手紙』で描かれる「兄弟のすれちがい」に注目!

東野圭吾 著『手紙』
(文藝春秋、2006年)

映画『容疑者Xの献身』は良かったですね

 東野圭吾さんの小説作品はあまり読んだことがなく、『容疑者Xの献身』がテレビで放送されたのを観て堤真一さんと松雪泰子さんの演技がよかったのを覚えているぐらいでした。今日紹介する『手紙』の文庫本をたまたま見つけて読み出したところ夢中になって1日で読んでしまいました。この作品は強盗殺人犯の弟(武島直貴)を主人公とするミステリーです。殺人事件の加害者家族の人生がいかに過酷なものとなってしまうのかを考えさせられる小説です。(※ネタバレあり)

兄が起こした事件

 兄、武島剛志が強盗殺人事件を起こしたのは直貴が高校3年の時。この時すでに両親は亡くなっており、兄弟2人でアパートに暮らしていました。父親は直貴が3歳の時、3日間ほとんど不眠で働かされた後に交通事故で亡くなりました。その後、母親がパートを掛け持ちして息子2人を養っていましたが過労が原因で亡くなってしまいました。
 両親が亡くなってから兄、剛志が引っ越しのバイトで生計を立てていましたが、膝と腰を悪くしてバイトができなくなり、そして弟を大学に行かせようという焦りも重なって剛志は空き巣を思いつきます。ところが、留守だと思って侵入した家には高齢女性が在宅しており、通報されそうになり慌てた剛志は殺人を犯してしまいます。

兄の存在を隠して生きる日々

 「強盗殺人犯の弟」――直貴にはこのレッテルが貼られ、その日からマスコミに追いかけられ、アパートを退去するよう不動産会社から求められ、高校のクラスメートもよそよそしくなります。その後の直貴の人生は兄のことをいかに隠すのかが重大なポイントとなります。しかし、刑務所の剛志が時々書き送ってくる手紙によって「強盗殺人犯の弟」というレッテルが何度も白日のもとに晒(さら)され、バンドのメジャーデビューの話が取りやめとなったり、恋人との結婚が破談となったりします。就職活動の面接では兄のことを隠して仕事を得ましたが、社内で起きた窃盗事件の捜査の過程で警察から兄の情報が会社の人事部に漏らされ、クビにはなりませんでしたが不得意な部署への人事異動を命じられてしまいます。

直貴の苦しみは当然の報いか?

 この時、直貴のもとに現れた社長の平野の言葉というのは考えさせられます。その言葉とは、直貴が受けている差別は当然だというものです(317ページ)。大抵の人間は犯罪から遠いところに身を置いておきたい。それは自己防衛本能のようなもので、犯罪者は自分が刑務所に入れば済むわけではなく、自分の罪で親族や身内が苦しむことをすべての犯罪者に思い知らせる必要がある。だから会社が直貴を差別するのは当然だ、と平野は言います(319ページ)。このことを小学校では教えない。殺人犯の弟は一種の被害者なのだから広い心で受け入れるべきだと教える。世間の人々もそれは理解しているが、本当は関わり合いたくない。それを露骨に態度に表すのは道徳に反することだと分かっているから気を遣ってしまうのだとも言います(320ページ)。この平野の言葉は核心をついているように思いました。
 その後、直貴は父が自己破産して苦労を重ねてきた女性、由美子と結婚し、娘、実紀が生まれます。由美子と実紀が公園デビューして間もなく、住まいや公園や保育園で周囲の人々がよそよそしいことに気づき、陰に陽に避けられる状況に最初は「正々堂々」をキーワードとして生活していた直貴たちでしたが、ついに直貴は兄、剛志と絶縁することを決意します。それは「強盗殺人犯の弟」のレッテルが娘、実紀にまで及ぶのを回避するための決断でした。

家族の解体、そして「再生」

 弟からの最後の手紙を受け取った剛志は、自分が書き送ったこれまでの手紙が弟を苦しめてきたことを初めて知り、そのことに気づかなかった自分に「死にたくなるほどの自己嫌悪」を覚えます(418ページ)。剛志にとって直貴はたった1人の肉親なのです。その肉親から絶縁を告げられるという「罰」を剛志は受けることになります。『手紙』という作品は、このような形での剛志・直貴の家族の解体と直貴・由美子・実紀の家族の「再生」を描いた素晴らしい物語だと思います。

映画版も面白そう

 この作品は映画化もされているようですのでDVD鑑賞もしてみたいです。キャストは山田孝之(直貴)、玉山鉄二(剛志)、沢尻エリカ(由美子)……。面白そうですね。
 それから鈴木伸元『加害者家族』(幻冬舎、2010年)なども併せて読むとこともオススメします。

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